少年が放った赤い実は、黄金色の的に向かい真っ直ぐに飛んでいった。
「ああ、月へ行ってみたいなあ」
ぽつりと彼が呟く。
草原を吹き抜ける風に掻き消されてしまいそうな微かな声で。けれど、私だけはその言葉をしっかりと受け止める。きっと私の耳はそのために付いているのだと思う。
森を抜けた草っ原。少年が座る下草は夜露に濡れてひんやりしている。冷えてしまわぬように、私はそっと隣に身を寄せる。彼の手が無造作に私の肩を引き寄せる。初めて会った時と比べるとその掌も少し大きく骨っぽくなったような気がする。
春だった、私は不用心に森をふらふら彷徨っていた。その時ずいぶん危ない目に遭い落としかけた命を、彼が救ってくれたのだ。以来、一方的に懐いてしまっている。けっして嫌がられてはいないと思うのだけれど。けれども、最近時々苦しそうな目で私を見つめることがある。私は気づかないふりをする。だけど、本当は彼にならどのような目に遭わされたっていいのだ。彼がいなければあの時なくしていた命なのだもの。
そんな私の心の内などお構いなしに、少年は昔話を始める。彼自身が生まれるずっとずっと前、彼のおじいさんの物語。
おじいさんは弓の名手だった。まだ若かりし頃、青年は恋をした。身分違いの、けっして叶わぬ恋。行き場のない想いを抱いたまま、美しい満月の夜に姫は青年を置いて月へ還って行ったという。以来、夜毎に青年は月に向かって矢を放つ。名手といえどもその矢が月に届くことはない。何年も何年も年老いて後も、おじいさんは生涯届かぬ恋文を放ち続けた。悲恋の物語だ。
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