小説

『マユミツキユミトシヲヘテ』香久山ゆみ(『竹取物語)』)

 
 赤い実は東の空に浮かぶ満月に向かって真っ直ぐ真っ直ぐ飛んでいき、月の表面で弾けた。満月はみるみる赤暗く染まり、じきに月の光はすっかり隠れて辺りは真っ暗になってしまった。
「――月が、消えちゃった……」
 どうしよう、と空に向けていた視線を地上に戻すと、すでに隣に少年の姿はなかった。
 ぽつんと取り残された私の心配をよそに、月は徐々に光を取り戻し、半刻もするとすっかりもとの美しい満月に戻った。
なのに、彼だけはいつまで経っても戻ってこなかった。
 彼はどこへ行ったのだろう。私は知っている。彼は本当は月へ行きたいのではなく、ただここから逃げ出したかったのだ。
 少年は、出来の悪い射手だった。十四になって未だ獲物を捕らえたことがなかった。元服の今年のうちになんとしても成果を上げねばならなかった。これ以上家名に泥を塗るな、一族中から責められた。祖父の奇行のせいでこのような辺鄙な里山に追いやられたのだ。再び名を挙げ、都に戻るのだ。少年は大きな期待を背負っていた。
 なのに、出来なかった。
 優し過ぎたのだ。せっかく罠に掛かったウサギを哀れに思い逃がしてやる始末。冬になれば獣たちは巣籠りしてしまうので、晩秋の今が最後の機会だった。
 気付けば私の目からはらはらと涙が溢れていた。いっそう瞳は赤く染まるだろう。彼の消えた赤い月のように。
 どうして一緒に連れて行ってくれなかったのだろう。私のような小さなウサギの身など、簡単に冬籠りに備える獣たちの餌食になってしまうだろう。それならば、いっそ彼の手に掛かり、立身の役に立てる方が本望だったのに。
 耳を立てずとも聞こえる。ざくざくと、落ち葉を踏みしめる足音が遠ざかっていく。ここから、村から、私から。ざくざくと、立ち止まることなく。確かな強さで。 

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