小説

『祭りの日』せとうちひかる(『石城山の山姥(山口県光市塩田)』)

 
 すると一匹のミツバチが
 「山姥さんは、お友だちがいないの?」
 とたずねました。
 「昔は、里の人たちと友だちだったのだけどねえ。夏になると祭りのお茶碗を、わたしのところに借りに来ていたもんだよ」
 「今は?」
 「今は誰も来ないさ。そして、里の人たちはわたしを恐れている」
 「なぜ?」
 「祭りに使う貸した茶碗を、里の人たちは壊わしたまま、謝らずにわたしに返したのさ。それが悲しくて悲しくて一年間泣いていたわたしの涙が次の年、家の扉から流れ出たのさ」
 「その涙に、里の人はビックリしたの?」
 「いいえ、わたしが怒って水を出したと勘違いしたのさ。ものすごくたくさんの涙だったからねえ」
 ミツバチたちが、いっせいにしゃべり始めます。
 「僕たちが、友だちになるから悲しまないで」
 「そんな里の人たちなんか忘れて、僕たちと仲良くしよう」
 山のてっぺんは羽の音とミツバチたちの声で、いっぱいです。その中で一匹のミツバチが言いました。
 「里の人たちとまた、友だちになればいい!」
 ほんのわずかな時間だけ、静かになったミツバチたちはまたしゃべりだします。
 「どうしたらいい?だって里の人たちはここには、もうこないよ」
 「里の人は山姥さんを怖がっているよ」
 一匹のミツバチが、また言います。
 「僕たちだって、喧嘩はするけれどすぐに仲直りをするよ」
 ミツバチたちと山姥はその理由を考え始めます。
 「そうだ。僕たちはいつもハチミツのいい匂いに囲まれているでしょう。あの甘い、いい匂いが仲直りをさせてくれる匂いなんだよ」
 「たしかに、いい匂いだね」
 山姥がうなずきます。

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