小説

『レモン』望月滋斗(『檸檬(京都)』)

 
 第一、私は金に困っていた。
 大学に入ってから知ってしまった様々なギャンブルに、私はまんまとハマって抜け出せなくなっていたのだ。そんな私に呆れる両親には毎月の仕送りを止められ、大学一年の春に意気込んで始めた居酒屋のバイトは、無断欠勤をし続けていたことで知らぬ間にクビになっていた。当然のように家賃の滞納もしており、このままではアパートの強制退去を余儀なくされる。
 まあでも、これでひとまずは安心だ。いつの間にか無意識に両手で支えていた紡錘形のそれは、紛うことなき純金の見た目と重みを有していた。
 しかし、その眩しさをいくら浴びていても、えたいの知れない不吉な塊が私の中から消えることはなかった。
 そこで私はあの八百屋でレモンを一つ買い足すと、再び六畳一間のボロアパートに戻って妄想に耽るのであった。
 もしもこのレモンがどんな身体の不調にも効く万能薬だったら──。
 健康という言葉を具象したようにハリがあって溌剌としたレモンが、しわしわとすぼまって茶色く変色していく。ほどなくして、仙人たちの間で重宝される幻の漢方薬を彷彿とさせる見た目になった。
 ためしにそれの表面をカッターで削り、欠片を口に含んでみる。すると、なんとなく全身にのしかかっていた怠さは吹き飛び、霞がかかったようにぼんやりとしていた頭はすっきりと冴えてきた。
 生来、私は虚弱体質であり、過度の貧血によるめまいやぜんそくによる息苦しさなど、なんらかのしょうもない身体の不調で最低でも月に一度は医者に診てもらっていた。
 だが、これからは万能薬と化したこのレモンさえあれば、病院の清潔すぎて不気味なあの匂いを嗅ぐことはない。そう思うとだいぶ気が楽になったものの、それでもえたいの知れない不吉な塊を私の中から完全に追い出すには至らなかった。
 明くる日、私はまたもあの八百屋で買い足したレモンを、湯を張った風呂の浴槽に放り込んだ。

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