小説

『チューリップの花が』太田純平(『大工と鬼六(岩手県)』)

 しかし日が延びてきたとはいえ、夕方になると辺りは一気に暗くなった。お腹もぐーぐー鳴ってくる。
「……」
 吉田は仕方なく家に帰って夕飯をかきこむと、また父親のパソコンを頼った。
「日本人、名前、ランキング」
 検索結果に出てきた名字を例のノートに記録していく。
「アンタなにやってんの?」
 と母親が眉を顰めて訊いて来た。
「いや、別に……」
「日本人の名前?」
「み、見るなよぉ!」
「なによ、宿題?」
「そ、そうだよ」
 母親の疑問をかわしつつ、吉田は日本人の名字の上位200個くらいをノートに書き留めた。あとは明日、十分という時間制限の中で、どれだけ早く名字を読み上げられるかだ。




 翌日。吉田は朝五時に起きた。彼があまりにも早く学校へ行きたがるから、両親は熱でもあるのかと検温をしたり暫く質問攻めが続いた。
 吉田は六時五十分には小学校に着いた。そしてすぐに呆然と立ち尽くした。
「……」
 花壇に花が咲いている。真っ赤なチューリップだ。荒野が一晩でお花畑になった。
 吉田は呆気に取られながら花壇に入ると、花弁を触ったり、茎がちゃんと地面から伸びていることなどを確認して、ようやくこれが夢や幻でないことを悟った。
「よォ」
 不意に脇から声がした。振り向くとあのお兄さんがいた。昨日と同じ制服を着ている。

1 2 3 4 5 6 7