小説

『チューリップの花が』太田純平(『大工と鬼六(岩手県)』)

 吉田は口を歪めて今にも泣き出しそうな顔をしながらお兄さんに事情を説明した。明日、肝試しのペア決めがあること。好きな女の子がいて、その子と組みたいこと。だけど暴君がいて、そいつがその子を狙っていること。明日までにこの花壇を赤いチューリップで埋め尽くさないと、自分はそのライバルに勝てないこと――。
 すると事情を聞いたお兄さんは、いとも容易いといった様子で吉田に言った。
「じゃあ俺が咲かせてやるよ」
「え……え?」
「その代わり、俺の名前を当てたらな」
「な、名前?」
「あぁ。ルールは簡単。お前が俺の名前――といっても下の名前じゃない。名字だ。俺の名字をあてるだけ。しかも何回間違えてもヨシ」
「名字っていうと、佐藤とか、田中とか、鈴木とか?」
「あぁ、そうだ」
 きっと問題にするくらいだから、相当に珍しい名前なのだろう。吉田は途方も無い難問に再び表情を曇らせた。
「タイムリミットは明日の朝七時だ」
「七時?」
「あぁ。俺は明日の朝、七時ちょうどにここへ来る。それから十分間だけ待ってやる。その間に俺の名字をあててみろ」
「……分かりました」




 吉田はお兄さんと別れるなり、学校に程近い文房具屋でノートとペンを買った。そして小学校の周辺にある家の表札を見て回ると、片っ端からノートに名字をメモしていった。お兄さんはこの辺に出没したのだから、きっと小学校の近くに住んでいるに違いない。吉田は子供心にそう考えたのだ。

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