小説

『白狐』杉蔵一歩(『運』芥川龍之介)

 吊り上がった金色の目が、異様な光を放っている。口が耳まで裂け、血と唾液の混じったものが、口から糸を引いて垂れている。
 ひぃっという声を漏らし、男たちは後ずさりして去っていった。
「ユキ、逃げろ。噛まれる」勇吉が声をあげた。 
 ユキは、はっとして白狐の顔を見つめた。
 白狐の顔は、人間の女に変わっていた。細い顔に切れ長の目。艶っぽい笑みを浮かべて、ユキを見ている。
「サヨさん……」
 長い尾をゆらりと動かす姿は、夢の中で着物を脱ぎ捨てた女と同じだった。
 白狐はぴょんと身をくねらせて飛び跳ね、闇の中に消えた。
 辺りは、静けさに包まれた。
 夜空には薄雲がかかり、ぼんやりと朧月が浮かんでいる。
 サヨは狐の化身だったのか……。
 まだ寒い春の風が、通りを吹き抜けていく。
 ユキと勇吉は、そっと互いの身を寄せ合った。

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