小説

『白狐』杉蔵一歩(『運』芥川龍之介)

 
 昨年、たった一人の身内の母が病で亡くなり、途方に暮れたユキは神社の神様にすがった。なんとか生きていけますようにと。
 すると、すぐに世話焼きの近所の婆さんが見合い話をもってきた。勇吉という男が嫁を探しているという。
 婆さんは笑った。「あんたは別嬪だけが取り柄だね。十六の小娘にゃ何にもできないけどさ。おとなしい男なら文句も言わないだろうよ」
 勇吉はユキよりも年かさで、四角い顔をした無愛想な男だったが、照れたような表情を見せた。神社の神様が引き合わせてくれたのだと、ユキは思った。
 一緒に暮らし始めると、ユキは不思議に思うことがあった。勇吉は昼間は鳶の仕事に行くが、夜が更けた頃に、どこかに出かける日があるのだ。行先は聞いても教えてくれない。鳶の仕事がない日は、勇吉は昼間から酒を呑んでいた。
 仕事がない日が続いても、家の金に困ることがなかった。勇吉はいつもかなりの金をもっていた。ユキは無邪気に、「腕がよいから、だいぶ稼ぐのだ」と思っていた。そして、爪に火を点すような貧しい暮らしから救ってくれた勇吉に感謝していた。
 ある夜中に、ユキは勇吉が押入れの天井裏に何かを隠すのに気づいた。勇吉がいない時に見てみると、それは幾重にも襤褸布に巻かれた包みだった。中には、数えきれないほど多くの金が入っていた。べっ甲の櫛や金のかんざしも見えた。身分の高い人の物のようだった。
 ユキに知られたのがわかると、勇吉は言いにくそうに「盗んだ物だ」と言った。「この稼業は長いんだ」と言って、勇吉は昔の身の上話をした。「こうでもしなきゃ苦しい暮らしさ」と、勇吉はユキから目をそらした。
 勇吉と夫婦になる時に「神社の神様が引き合わせてくれた」と喜んだことを思い出し、ユキは泣いた。自分にも近所の子どもらにも優しい勇吉が、陰で悪いことをしているのが辛かった。
 本当のことを知っても、ユキは勇吉を嫌いになったわけではなかった。勇吉は口数の少ない男だが、母を亡くして気が塞いでいたユキを、不器用な物言いでいたわってくれた。ユキにとって粗野な人間ではなかった。勇吉自身が捨て子で、親の愛情を知らず苦労したからだろうかと、ユキは考えた。勇吉は金持ちからは金を盗るが、近所の貧しい年寄りには施しをする。そういうところも憎めなかった。
 しかし、一緒にいるには辛すぎた……。


 ユキの話に、サヨは黙って何度も細い首を頷かせた。
「恨んでないのかい?」サヨが聞いた。
「何をです?」ユキは不思議そうな顔をした。
「盗人の旦那のことを」
「恨んじゃいません。あの人だって、好きで盗人になったんじゃないから。赤子の頃に捨てられて、拾われた家ではろくにご飯も貰えずに働かされたんですって。ひもじくて、その家で盗み食いしようとしたら見つかって、折檻されて追い出されたって。お腹が空いて外でしゃがんでたら、ご飯をお腹いっぱい食べさせてくれた人達がいて、それが盗人連中だったから、自分もその道に入ってしまったって」
「因果なもんだねぇ。だけど、あんたのような娘と一緒になった旦那は幸せだよ」サヨは微笑んだ。

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