小説

『焦がす』伍花望(『八百屋お七』(東京)『地獄変(京都)』)

「休憩」
ぐったりとベッドに沈んだまま、顔だけを男のいるほうへ向けた。
 目を閉じると静寂がくる。
 微睡みかけた耳元で、ふいに声がした。
「寝るな」
 心地よい響き。その主に触れてみたかったが、手が動かない。
 重い瞼を持ちあげると、眼前に男の顔があった。つかの間見つめ合う。
 どうやら俺は、夢のはざまに落ちたらしい。頭の芯は醒めている。感覚も研ぎ澄まされている。でもそれは、ぜんぜんリアルじゃない。
「……寝てない」
「動くなよ」
 指に挟んでいた煙草をくわえ直すと、男は椅子に座って手を動かしはじめた。
 俺は身じろぎもせず、じっくりと男を眺めた。こんなに長く、だれかを見つめたことは、なかった。あきるほど見つめていたいとか、そんな強い気持ちを持ったことだって――。
 こみあげてくるものを無理やり抑えこむ。
 深く考えるのはキライだ。普通の人みたく何気なく生きていけたら――願いはたったそれだけだ。だからもう違う世界の人に躓くわけにはいかない。
 こんなにやり切れない気持ちになったのは、真夜中という舞台装置と男のせいだ。あの目。絡みつく強烈な視線。それが、俺のなにかを変えてしまうかもしれないという予感と不安。
 耐えられなくなり、口を開いた。
「……ねえ、どんな絵を描くの」
「業火に包まれる青年。苦悶の表情ではなく、恍惚を。そういう注文だ」
 美術館にいったことすらない身では、思い浮かぶものはない。
「いま描いてたの、見せてよ」
 男は灰皿に煙草を押しつけると、俺のところにきた。
 だるい体を起こして、スケッチを受け取る。
「……これが、俺?」

1 2 3 4 5 6 7 8