小説

『焦がす』伍花望(『八百屋お七』(東京)『地獄変(京都)』)

 背中から腰のライン。左右の腕。首から鎖骨にかけて。太腿。緊張したふくらはぎ。胸。動きのあるスケッチはパーツごとに描かれている。人物像とは程遠い、ただのデッサンだ。
「どんな絵になるのか想像もつかない……」
 男は自分の頭を指先でつついた。
「ここに、イメージを落としこむ。それを熟成させてから、描きはじめる」
 いったいどんな絵ができあがるんだろう。見てみたい。
「見せてくれる? 完成したら」
「無理だ。すぐに依頼主に渡すから」
「そうか。……ねえ、顔は描かないの。火炙りは無理だけど、ちょっと恍惚っぽい表情やってみようか?」
「おまえ、恍惚って意味わかってるか」
「そんなの」
「自分でわかるわけがない。それは他人が見て感じることだ。実際、炎に焼かれれば苦しいだけだ。でも……死を迎える一瞬は、俺の欲しい表情になるかもな」
 俺は開きかけた口を閉じた。
 男の中で、炎に包まれる青年がはっきりと映し出されるのは、キャンバスに向かい合ったときだ。そしてそこに描かれるのは、俺ではない。まったくの、別人。それがたまらなくいやだった。名 前すら知らない、数時間前に俺を買った行きずりの男。だけど、俺は望んでしまった。
 男の目に映る俺が見たい。男の頭の中で蘇る俺を見たい。俺とはひとかけらの類似点がなくても。イメージでもかまわない。俺自身をただひたすら見つめて、俺自身を描いてほしい――と。


 男がクローゼットから床置きのスポットライトを四つ出してきた。ベッドの周りに配置する。
 膝立ちになった俺の体に、男が鎖を巻きつけていく。
 部屋の灯りが消された。ライトが下から全身を照らし出す。目の前が真っ白になり、男の姿が視界から消える。

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