「ゆ、弓ちゃん。何か、火点けるもの、持ってない? 貸して欲しい……」
「私が、はいどうぞ、って渡すと本気で思ってる? 馬鹿じゃないの?」
「うぅ……そうやって、また俺のことをけなすんだ。もういい! 俺が探す!」
優太は情けない表情を一転させ、強い意志を持った顔で、ズンズンと廊下を進み、私の部屋へと入ってきた。
灯油をたっぷり被ったベトベトの状態で、だ。私のお気に入りのカーペットが、彼の足の形に灯油を吸って変色していく。
「ちょっと! 私の部屋汚さないで! そもそも家探しもやめて!」
「俺の邪魔するなよ!」
ベトベトの優太に、同じくベトベトの私が掴みかかる。優太の腕を掴もうとするが、ぬるりと滑りうまくいかない。
彼も彼で、オイルの滴る手では引き出しを開けるのも一苦労らしく、取っ手を掴んでは離してしまう、といったことを繰り返していた。
「この! 言うこと聞きなさいってば、優太!」
「いやだ! 放せよ、弓ちゃん!」
優太を止めようとしては、彼に振り払われるの繰り返し。お互いドロドロになりすぎて、掴みかかってのケンカと言うよりも、ダンスか何かを踊っているみたいだ。
ズルリ、ドロッ、ベトベト、ぐちゃり。
しばらくの攻防の後、とうとう決着はついた。拍子抜けするほどあっさりと。
「っい!!! うぐぅ……頭打った」
優太が、足を滑らして転け、盛大に頭を打ったのだ。ドガッという大きな音を下の部屋にまで響かせる。
階下に住んでる男が、迷惑そうに天井を叩いて抗議してきた。
優太は頭を押さえ、うずくまって泣いている。どうやら、もう家探しを続ける気は無さそうだ。