小説

『ニートと私と灯油のタンク』篠原ふりこ(『女殺油地獄』)

 優太は今頃、どこか遠くに逃げているはずだ。
「失礼します。藤堂さん、検査の結果、特に異常はなかったので、すぐに退院できますよ」
 看護師さんが病室に入ってきて、にこやかに言う。
「わかりました。ありがとうございます」
 もう二度と会わないであろう元彼のことを頭から追い出し、軽く頭を下げる。
 退院すれば、すぐに仕事に復帰だ。きっと噂好きの先輩に事件のことを根掘り葉掘り聞かれるだろう。
 そのことを少し憂鬱に思いながらも、私は日常に戻るべく退院の準備を始めるのだ。ほんの一瞬の非日常に別れを告げて。

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