「だから、弓ちゃん、俺と心中してくれ!」
「ば、ばかじゃないの!? 心中って、いつの時代よ!」
「最近、何もすることなくて、テレビばっかり見てたら、時代劇が結構面白くてさ。何だっけな、そ、そ、そねざき、心中……? ちょっと、憧れちゃった」
「テレビなんか見てないで働け! ていうか、心中に憧れないでよ! 死ぬなら一人で死んで!」
「散るならいっそ、華々しくドラマチックがいいな、俺!」
優太はなぜか、楽しいことが明日に控えているようなワクワクした口調だ。
私が思ったより彼の精神は追い詰められていて、頭が少し、いや、かなりおかしくなっているのかもしれない。
でも、私が優太の自滅に巻き込まれる理由にはならない。
仕事に文句を言いつつも、毎日慎ましく生きてきたというのに、一体どこで間違ってしまったのか。
刺激が欲しい、なんて思ってしまったのが悪かったのだろうか。それとも、このダメ男と出会ってしまったのが運のツキだったのか。
「俺、こうなることも見越して、準備だけはしてきたんだ!」
なぜか褒めて欲しそうな顔をする優太。こうなることって、心中を指しているの?
優太は玄関から出て行き、何か大きなものを抱えてすぐに帰ってきた。
それは、赤くて、両手で抱えられるくらいの大きさの、プラスチックでできた容器だった。
とても嫌な予感がする。幼い頃に訪れた冬の祖母の家で、ストーブに、あの容器で灯油を補給していた気がする。
「弓ちゃん! 俺の一生で最後のお願い! 一緒に、死んで欲しい!」
そう言いながら、優太はプラスチック容器の蓋を開け、中身を一切躊躇することなく私の家にぶちまけ始めた。
「な、なにしてんのよ! 私の敷金が!」
途端に辺りに充満する強烈なオイルの匂い。
近くの部屋の住人からクレームが来ること間違いなしだ。しかも、このアパートを退去する時に私が敷金を受け取れる可能性は限りなくゼロに近くなってしまった。
彼を止めようとしたが、近づいたことが原因で私も灯油を頭からかぶってしまう。最悪だ。
「こうやって派手に焼け死んだら、ニュースになって俺たちすっごく注目されるよね、弓ちゃん!」
優太はどこかからライターを取り出した。が、火を点けようと親指で何度スイッチを押しても、安っぽそうなそれはカチカチと音を鳴らすだけ。
優太はしばらくライターを睨みつけながら火を点けようと躍起になっていたが、とうとう諦めて私の顔を見た。