小説

『ひらいてひらく』小山ラム子(『鶴の恩返し』)

 新太は美羽を見る。
 瞬間、サッと冷水を浴びせられたかのような心地に襲われる。
 美羽は顔を真っ赤にして唇を噛みしめていた。
 家に帰ってから宿題のプリントがないことに気が付いて、新太はおおきくため息をついた。多分、机の中だろう。こんなミスをするなんて、小学校に六年間通っていて初めてのことだった。
 ランドセルを置いてから、玄関で靴を履く。その間にも、美羽のことが頭から離れなかった。
 二つしばりの女子の言う通り、美羽はあの男子に意地悪をされて鍵を噴水に放り込まれてしまったのだろう。新太が通りかかったとき、美羽は今にも泣きそうな顔で噴水の周りをうろうろしていた。
噴水は立ち入り禁止となっていたけれど、新太は気にせずに入っていった。誰かに何か言われたら事情を話せばいいだろうと思ったし、別に怒られても構わなかった。
 低学年の頃、美羽とはクラスが一緒だった。感じが良い子だと、そう思っていた。
 そして今日。
 隣の教室に入っていったあのとき。新太は美羽を助けるつもりだった。
 ああ言えば、男子の意地悪がクラス中に知られるだろうし、そんなことをしても好きな子には振り向いてもらえないんだぞ、と男子にも分からせることができる。
 美羽にとってもいいことだろう、とそう思っていた。
 だけど、美羽は喜んではくれなかった。
 新太は今日、何度もあのときのことを思い返していた。そのたびに、新太は思った。
 美羽のためと言いつつ、自分の気分が良くなるためにあんなことをしたのではないだろうか。
 お前よりも、俺の方が好かれているんだからな。
 そんなくだらない自慢をするために。
 プリントは机の中に入っていた。一斉下校の日だからか生徒の姿はなかったが、先生ともすれちがわずにここまで来た。会ったら事情を説明しようと思っていたけれど、その手間は省けそうだ。

1 2 3 4 5 6 7 8