小説

『二年目でも待てない』平大典(『三年目(江戸)』)

 僕は机の上に桜井さんの写真を置きました。
「なんだい、この人は? ノブ君の知り合いかい?」
「まァ、会ったことはないですけども。……いかがでしょう、この人とお見合いしてみませんか」
 おじいちゃんは机の上に、昔の写真を置いていました。二人で長崎へ旅行に行った時の写真です。木枠のフレームの中に納まっている二人は、嬉しそうに笑みを浮かべています。
 おじいちゃんは重苦しいため息を吐いてから、その写真を見つめました。
「私は、妻と約束したんだ。再婚はしないとね。再婚なんてしたら化けて出るとさ。……いや、最後の会話で、妻は私に約束してくれた。死んだら幽霊にでもなって毎日会いに来てくれると」
 僕は思わず部屋を見回しました。「会いに来るのですか?」
「いいや、まだだよ。私に霊感がないだけかもしれないがね」
「では、問題ないのでは?」
「約束は約束だ。天国に行った時に、なんといえばいい」
「黙っておけばよいでしょう」
「罰当たりな」
 僕はおじいちゃんの脇に立ちました。「まあ、正直にお話ししますと、お母さんから指示を受けているのです。おじいちゃんにお見合いをさせてと」
「お前さん、買収されたのか」
 おじいちゃんは表情を曇らせましたが、僕も引けませんでした。
「それも認めましょう。……ただしです。一度お見合いをしておいて、気に入らない、向いていないとお母さんに述べれば、二度とこういう話はしないでしょう。おじいちゃんも煩わしいことに巻き込まれずに済みます」
「一理はある」
「おばあちゃんへの気持ちがあれば、問題ないです」
「ふぅむ」
 おじいちゃんは一時間ほど長考してから、僕の提案を承諾しました。

 
 おじいちゃんと桜井さんのお見合いは、一カ月後に行われました。 
 近くにある和食ダイニングで、畳が敷いてある個室でした。
 なぜか僕も同席させられました。
 僕たちが到着して五分ほどすると、相手方がやってきました。
 桜井さんは、僕のお母さんと同い年くらいの女性を連れてきていました。娘さんでしょうか。
 おじいちゃんの向かいに座った桜井さんは、あでやかな着物姿に身を包み、写真で見るよりもかわいらしい方でした。
「こ、こんにちは。木下雄介と申します」
 挨拶をするおじいちゃんはガチガチに緊張している様子でした。
「こんにちは」桜井さんは柔らかい笑顔を浮かべています。「桜井秋江といいます。今日はお孫さんまで一緒にすいません」
 早速先付が運ばれてきて、全員が箸をつけようとした瞬間でした。
 急に明かりが消えました。
 おかしな現象でした。昼だというのに、真っ暗闇になったのです。
 思わず、僕は窓を睨みます。空は晴れていたはずですが、暗雲が立ち込め、雷鳴が響いていました。
「な、なに」桜井さんが震えていました。

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