小説

『名に恥じぬ人生。』松ケ迫美貴(『寿限無』)

 男は、筆を止めた。名前を書き損じた事に気が付いたからだ。男は忌々し気に紙を掴むと、ぐちゃぐちゃに丸めて遠くへ投げ捨てた。
「せっかくあと少しだったのに……」
 部屋の隅には書き損じた紙屑が山のように積まれ、溢れかえっている。男は筆を置くと、だらしなくそのまま床に横になった。
「まあ、いい。また明日にしよう」
 小屋の外では、春を迎えた小鳥たちの美しいさえずりが響いている。

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