小説

『散る花の願い』五条紀夫(『花咲かじいさん』)

「ああ。ある者は空高く飛びたいと願った。ある者は難問の答えを知りたいと願った。また、ある者は、自分を殺した相手への復讐を願った」
「じゃあ、僕を轢いた人を呪うことも……」
「容易いだろうな。私たちは超常を引き起こせる。ただし、大きな願いを叶えれば、その瞬間に力を使い果たして散ってしまう」
 ようやく話の意味を理解できた。大半の幽霊は願いを叶えて消えてしまったのだろう。でも、このお爺さんは。
「見ているだけなら消えないんですね。少なくとも数十年は」
「そうだな。しかし、さすがにもうすぐ消滅するよ。感覚的に分かるんだ」
 うつむいて考えを巡らせる。自分はどうするべきか。
 そうやってしばらく黙り込んでいると、お爺さんが聞いてきた。
「君の願いは?」
「僕は……」

 
 お爺さんと別れて家に向かう。遠目から見ると、窓に明かりが灯っていた。父さんがいるに違いない。一緒に事故に遭った可能性も考えていたけれど、どうやら無事だったようだ。僕は、玄関へと走った。
 父さんがどうしているか気になっていた。この平屋の一戸建てには、いまは父さんしか住んでいない。十年前に母さんが死んでから、僕と父さんだけで暮らしてきた。でも、一週間前に、僕さえもいなくなってしまったのだ。
 扉をすり抜ける。廊下を進んで父さんを探す。父さんは、寝室にいた。畳に敷かれた布団の上に座り、正面にある小さな骨壺と僕の写真を、ほんやりと眺めていた。その表情は、まるで、死んでいるかのようだった。
「父さん、僕はここにいるよ」
 話しかけても、声は届かない。僕は、部屋の隅にうずくまった。
 さっき僕は決めたんだ。父さんのそばにずっといるって。
 父さんが幽霊になる、その日まで。

 
 坦々と一ケ月が過ぎた。
 父さんは昨年早期退職をして、いわゆる隠居生活というのをしている。日中は縁側に座り、庭を眺めてばかりいる。僕が生きていた頃は熱心に植物の世話をしていたけれど、いまは興味が失せてしまったのか、表情のない表情でもって、じっとしているだけだ。お陰で、庭は荒れていた。
 冬のせいでもあるけれど、一面に枯れ葉が積もっていた。わずかに覗く土の表面は、水を与えられていないからか、ひび割れている。常緑であるはずのツワブキでさえ萎れてしまっているので、近いうちに庭は朽ち果てるだろう。
 僕と共に育った桜は、いまは、眠っている。深く根を下ろした樹木だ。そうそう枯れることはないはずだ。けれど、この庭の状態が長く続けば、いつかは死んでしまうに違いない。その頃には、きっと父さんも。
 そんなことを思った時、垣根の向こうから僕を呼ぶ声がした。そちらに目を向けると、そこにはいつかのお爺さんがいた。

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