小説

『鶴の置き土産』彩原こだま(『鶴の恩返し』)

 始めはただの好奇心でした。
 大雪の中、やってきた娘さん。彼女は長くホコリを被っていた機織り機を使って、あっという間に織物をいくつも仕上げました。私が町に売りに出ると、どれもこれも高値がつけられ、私たちが一年かけても得られないような大金を得ました。どうやって作っているのだろう。元はと言えば、あの機織り機は私のものです。私と同じ道具、同じ糸なのに、どうしてこんなにも彼女のものは美しいのでしょう。見ないでくれと頼まれていました。おじいさんはその言いつけを守っていました。けれど私は好奇心が勝ってしまった。はたを織る規則正しい音が聞こえます。そっと、彼女が気づかないように。私は忍び足で部屋に近づき、音を立てないように戸をすっと引きました。
 中を見た瞬間、はっと息が漏れました。その声が聞こえないように、手で口を覆います。部屋の中で一羽の鶴が自分の羽を抜きながら、懸命に機織り機を使っています。この部屋にいるのは、確かにあの娘さんです。ということは、彼女は鶴が化けたもの? なぜ彼女は自らを犠牲にしてまで、はたを織るのでしょう? 混乱と鶴の痛ましい姿に力が抜けます。前かがみだった体がそのまま後ろに倒れ、それを支えるように反射的に手をつきました。
ドタン。
 大きな音がしました。居間からおじいさんが大丈夫かと問いかけました。私は返事をしようとしましたが、上手く声が出ません。居間からこちらに近付く足音がします。機織り機のある部屋からはガタガタと物音が聞こえますが、彼女は出てきません。腰を抜かす私を見つけたおじいさんが支えてくれて、私はやっと立ち上がることができました。
「どうしたんだ?」
 おじいさんは心配そうに私に尋ねます。私が答えるより先に、少し開いた引き戸から白い羽根が見えたと思ったら、一気に扉が開きました。
 鶴は自分がおじいさんに助けられた鶴であると答えた後、家を出ていきました。後を追いかけて私たちが庭に出ると、 鶴は青空の中で鳴きながら家の周りを数周飛んだ後にどこかへと行ってしまいました。つい先程まで鶴がいた部屋に戻ると、そこには今までの織物より格段に美しい模様の散りばめられた彼女の最後の作品がありました。おじいさんはよろよろとそれに近づきます。そしてぎゅっと抱きしめ、声を押し殺すように泣きました。私は何も言えず、部屋の入り口からその様子を静観していました。
 鶴が去ってからしばらく、おじいさんは部屋に篭っていました。私が扉の前に置いた食事は何時間経っても手をつけられません。
 ある日、朝食の準備を終えて居間に行くと、やつれた顔のおじいさんが自分の席に座っていました。
「おはよう」
 私を見て、おじいさんは言いました。以前と同じ声色で、表情も顔がやつれていること以外は普段通りでした。
「おはようございます」
 私も挨拶を返します。数日ぶりの会話でした。二人だけで食卓を囲むのはもっと久しぶりでした。ここしばらくは鶴の娘さんがいたから。食器と箸がぶつかる音だけが部屋に響きます。おじいさんは食事を終えると、「出かけてくる」と言って家を出ました。

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