小説

『鶴の置き土産』彩原こだま(『鶴の恩返し』)

 無言の食卓は珍しくありません。おじいさんは無口ですし、私も口下手です。齢に合わない言い回しですけど、心が通じあっていたから何も言わなくても相手の考えていることがわかりました。長年寄り添った私たちは、気がつけば最低限の会話しかしなくなっていました。あの娘が来るまでは。
 あの娘は、生活に困らない分のお金だけでなく家族の団欒も与えてくれました。子供がいない私たちは、彼女がいる間子供がいればこうなのだろうと想像しました。彼女についておじいさんと二人で話すうちに、日常での会話も増えたような気がします。つかの間の三人暮らしは幸せなひとときでした。
 それを壊したのは私です。
 間違いありません。あのとき部屋を覗かなければ、言いつけを守っていれば、あの日々がきっと続いていました。彼女が大金を稼いでくれたことも事実ですが、それ以上に私たちは彼女を家族として愛していました。おじいさんは私を憎んでいるでしょう。 飽き飽きするほど共に過ごした私よりも、あの娘といるときのほうが楽しそうに見えました。以前は気にならなかった沈黙も、今日は罪を感じる心に深く突き刺さってきました。あの娘がいるときはこんな沈黙はなかった。
 おじいさんは私を責めませんでした。だからこそ私はより責任を感じました。謝っても許されない。だから、全てを受け入れよう。彼のために生きよう。私もどうせ老い先短いのだから、自分にできる限りで償えるだけ償おう。
 私はそれ以来、おじいさんに話しかけることをやめました。あいさつをされたり、何か頼まれたりしたときに簡単に返事をするだけ。あの娘についての話題はかけらも出しませんでした。おじいさんは数日かけてあの別れを乗り越えました。私が謝罪したことにより、また彼女を思い出して苦しむ姿は見たくない。鶴が置いていった織物は彼女の部屋にあります。私はあえて売らずにあの部屋に閉じ込めるように置いたままにしました。そしてなるべく部屋に近づかないようにしました。
 そんな日々が続き、気がつけばまた雪の季節が近づいていました。その日、私は町で買い出しをしていました。
「ゲホゲホッ」
 乾いた空気が喉に刺さり、思わずむせます。大雪が来る前にといつもより多く買ったせいか、両手に持った包みは重く感じました。最後に織物を売ってからもうすぐ一年。あのときに得たお金はすっかり底をついてしまいました。おじいさんは足を悪くしてしまい、稼ぎも多くありません。
 この冬を乗り越えて、春には私も積極的に働きに出ましょう。つつましくても彼には幸せに暮らしてもらいたい。
 私は家に着くと、腰をかがめて持っていた包みを居間に下ろしました。そのときに一瞬目の前が暗くなりました。瞬きをすると、視界は元に戻りました。私もいい歳なので珍しいことではありません。
夕飯の準備をするために食材を切っていきます。いつもは一定の拍子ですが、今日は一度切っては休み、もう一度切っては休む。頭が痛くて、包丁を握る手に力が入りません。外は寒く、羽織ものを重ねて出かけました。けれど今はまだかまどに火を付けてないのに、部屋が暑く感じます。
 今日は早く寝てしまおう。私はなんとか夕飯の支度を終えると、おじいさんが帰ってくるのも待たずに布団に倒れこみ、そのまま眠りました。
 しばらく横になっても体の熱っぽさが抜けません。頭には鈍い痛みを感じ、瞼を開けるのすら億劫です。遠くから物音が聞こえます。おじいさんが帰ってきたのでしょう。

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