「だ、だけど……松原さんが、編んだものだとは、知らなくて……ゴメンなさい」
そう言って僕が頭を下げると、彼女は意外そうに目を瞬いた。しかし彼女が何か答えるよりも先に、耳障りな声が遠くから近付いて来た。
「ここに居たのか松原ちゃ~ん」
藤森だ。
「松原ちゃんもアレだ、今日は部活ない感じ?」
僕のことなど完全に無視で、藤森は松原さんの肩に手を回してトークを続けた。
「これからどう? 映画でも? 最近映画とか観に行ってないっしょ? 今なにやってたっけなぁ? 松原ちゃんサスペンスと恋愛だったらどっち好き? 俺よく意外だねって言われるんだけど恋愛のほうなんだよねぇ~」
「オイッ!」
「彼女が嫌がっているだろッ!」
「その汚い手を離せッ!」
そう言えたらどんなにラクか。しかし何も言えない。昔からそうだ。何かあっても見ているだけ。声に出来ない。だけどもう嫌なんだ。布団の中で反省ばかりする日々は、もう――。
そうして僕が藤森の手をどかそうと一歩を踏み出した、その時だった。僕よりも先に松原さんの方が藤森の手を振り払った。
「ゴメン、約束があるの」
断固とした態度で松原さんが言った。そして僕にするりと腕を絡ませてくると、霧が晴れたように白い歯を覗かせて「行こっ」と歩き始めたのだった。