小説

『道祖神』太田純平(『傘地蔵』)

 カラカラカラと冷たい風が吹く。見れば心無しか道祖神も寒そうである。陽も当たらずゴミまで捨てられた日にはそんなものかと、思わずニット帽を彼の頭に被せてやった。サイズもピッタリだ。
「アハハ」
 今度は女性の笑い声が遠くから聞こえた。誰かに見られるのも恥ずかしいからと慌てて窪みを後にする。道なりに進みながら、こそっと一度だけ声の方を振り返ってみた。二人組の女子生徒だ。一人は知らない子。もう一人は――。
「――!」
 松原さんだ。幸いおしゃべりに夢中で僕には気付いていないようだ。どうしよう。このまま直線の道を行くと彼女たちの視界に僕が入ってしまうかもしれない。そりゃあ彼女に認識されたい気持ちはあるけれど、何だか待ち伏せをしていたみたいでそれはそれでバツが悪い。
 気付いた時にはもう駐車場の陰に身を隠していた。彼女たちの声がだんだんと近付いて来る。
「あーっ!」
 ふと松原さんと思しき声が叫んだ。すかさず「どしたの?」と友達らしき子の声。
「これ私が作った帽子!」
「えぇ? マジ?」
 火照った身体が一気に凍りつく。
「ひどいことするね」
 友達らしき子がそう言って、さらに二言三言、松原さんを慰める。
 ひどいこと。この鋭利な五文字がグサッとハートに突き刺さる。決して帽子を捨てたとか、放置したとか、そういう風にはとってほしくない。 だが数時間前に彼女から買ったニット帽がそこらの何でもない道祖神の頭に被せてある。状況的には捨てたと捉える方がむしろ自然というものだ。拳にギュッと力が入る。どうしよう。今すぐ出て行って説明をしようか。だけどそれじゃあコソコソ隠れていた怪しい人みたいで――。
 車の陰からそっと顔を出す。松原さんと女子が一人。友達の子が何やら憤りながら道祖神に手を伸ばしている。きっと帽子を取ろうとしているのだろう。しかし咄嗟に松原さんが「待って!」と言って友達を諫めた。
「取らなくていい」
「どうして?」
「だって、優しさかもしれないでしょ?」

(3)

 これほど気持ちの良い朝はいつ以来だろう。布団から起き上がるなり背伸びをする。今日は文化祭の片付けのために午前中だけ学校がある。
 いつもと同じように家を出て、道祖神の前を通り掛かる。昨日と違うのは自然と鼻歌が出てしまうところだ。
「だって、優しさかもしれないでしょ?」
 松原さんのあの一言で僕の心は救われた。彼女は理解してくれたのだ、僕の親切心を――。
 ニット帽を被った道祖神を見やる。何だか昨日より穏やかな顔をしている気がする。とはいえやはり日陰にあるからどこか寒々しい。そうだと朝にコンビニで買っておいた温かいお茶を道祖神の前にお供えする。人じゃないから飲めないだろうけど、お供え物とは気持ちの問題だ。ましてや彼のおかげで松原さんに認知されたはず。道祖神にニット帽を被せてやる優しい男の子だ、と。彼には感謝しか――。
「お前なにやってんだ?」

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