小説

『道祖神』太田純平(『傘地蔵』)

 手に取っては戻し手に取っては戻し。四、五回目でようやく松原さんの方へニット帽を持っていった。震えるような会釈で購入の意思を示す。
「ありがとうございます」
 彼女の透き通った声。細い、白い、可愛い。頭の中で幾つもの単語が交錯する。
「780円です」
 財布から千円札を取り出し彼女に渡す。真一文字の眉がそう見せるのか、彼女はいつも艱難辛苦を一人で背負い込んだような顔をしている。いつかそんな物憂い顔を吹き飛ばしてやりたいと思うのだが、脳裏に浮かべるだけでかれこれ一年が経つ。
「どうして、これを?」
 突然、彼女が口を開いた。お釣りを渡しながら彼女が続ける。
「いや、あの、どうして、沢山ある商品の中から、これを、選んだのかなァって」
「いやァ……そのォ……」
 しどろもどろに受け取った小銭を財布に戻す。暖かそうだし、価格もお手頃だし、これが手作りだなんて素晴らしいというより他にないよ。そう伝えればイイものの、頭が真っ白で何も出て来ない。
「……か、輝いてるなァ、って……」
 挙句に脳がバグって思いもよらぬ単語を口走ってしまう。
「輝いてる?」
 彼女はフフッと微笑みながら訊き返すなり、ニット帽を紙袋に入れて僕に手渡してくれた。何故だか彼女にはウケたようだ。

(2)

 放課後の帰り道。一人で脳内反省会をする。あの時どうして松原さんにこう言えなかったのか、どうしてあの時――、と。
 住宅街を抜けて高台に差し掛かる。三叉路にあるいつもの魚屋の看板。店まで徒歩17分というのが如何にも田舎町らしい。
「キャハハハハハ」
 ふと男の笑い声が響き渡った。見るとコンクリート塀の窪みの前でダンスチームが談笑している。体育館で女子たちの視線を釘付けにしていた彼らである。
 一人が食べ終えたお菓子の袋を窪みに捨てた。あそこは確か道祖神が鎮座しているところである。単身の座像が暗がりにひっそりとある はずだが、タバコを吸っていた一人が吸い殻をピンッと指で弾いて窪みの中へ投げ入れた。
「行こうぜ」
「おう」
 彼らは一服し終えたとみえ、へらへらとじゃれ合いながら去って行った。
「……」
 いたたまれない気持ちのまま道祖神の前を通り掛かる。案の定ゴミが捨ててある。飲み終えたペットボトルやお菓子の袋、タバコの吸い殻なんて七、八本もある。
 どうしてこんなことが平然と出来るのか。何かゴミを拾えるものはないかと鞄の中をまさぐる。そうだこれがあったとニット帽を買った時の 紙袋を取り出すと、道祖神の周囲に散らかったゴミを紙袋に拾い集めた。最近はコンビニなどもゴミ箱を置かなくなったから、拾ったゴミは家に持ち帰るしかないだろう。アンタいつからタバコなんてと親に誤解されなければいいが。

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