小説

『道祖神』太田純平(『傘地蔵』)

(1)

 高校の廊下が何メートルにも渡り続いている。いつもと違うのは壁の装飾と五歳くらいの男の子が平然と歩いていることだ。
今日は文化祭。まるでパレードの通り道だ。女子生徒がキャーキャー言いながらこちらに向かって駆けて来る。お目当てはきっと体育館だろう。一人がすれ違いざまに僕の肩にぶつかってくる。よろけて床に倒れても誰も見向きもしない。僕は空気。道化ですらない。
 ふらふらと体育館の前を通り掛かる。薄暗い照明にガチャガチャした音楽。ステージで五、六人の男子がダンスを踊っている。ヒップホップというやつだろうか。女子たちに言わせれば文化祭のメインイベントだそうだ。
 居心地が悪くてすぐにその場を離れる。人前に出て目立つというのはどうにも自分には真似できない。
 行く当てもなく校舎へ戻る。出来れば今すぐ帰りたいが、文化祭も授業の一環だからと出席が取られてしまう。皆勤賞に執着こそ無いが無意味に手放したくもない。
「……すげぇ部?」
 廊下をそぞろ歩いていると、ひと際目を引く看板があった。多分、手芸部とかけているのだろう。キャッチ―な案内とは裏腹に教室の中に客はいない。居るのは販売員と思しき女子生徒が一人だけ。
 入ってみよう、か。逆にこういうひと気の無い方が入りやすい。騒々しい廊下を歩くのはもうウンザリだ。
 販売員と目を合わせないよう壁を見ながら教室の中へ。テーブルの上にはハンドバックやアクセサリー、顔の無いマネキンにはワンピースやスカートなどがそれぞれ展示されている。どれもこれもハンドメイドなのかという尊敬の念と、女性向けだからやっぱりここを出ようかという感情がない交ぜになる。
 黒板には風船の飾り物。どうやら風船の集合体をぶどうの房に見立てたようで、その周囲には樹木やぶどうを狙う小鳥の姿などがチョークで描かれている。何故ぶどうなのだろう。秋だからだろうか。
「お待たせ~」
  不意に一人の女子生徒が教室に入って来た。
「!?」
 ハッと心臓が止まる。松原美咲さんだ。僕が密かに想いを寄せる――。
 彼女は販売員の女子からエプロンを受け取ると、そのまま身に付けて売り場の担当を交代した。
「……」
 展示されたミニスカートの前で立ち竦む僕。変質者かよ、と我ながらツッコんで再び何かを見繕いだす。何も買わないで出るのは憚られるが、かといって松原さんから一体なにを買えと――。
 狭い教室を二、三周する。羞恥で彼女の方は向けない。出口が異様に遠く感じる。身体が熱い。何か救いでも求めるように、やがて見るだけではなく手に取るようになった。筆箱やストラップ。ニット帽なんかもある。ニット帽。いいじゃないか。千円でお釣りが来るし、これからの季節に役立ちそうだ。ベージュに近い白色で果たして自分が被るだろうかという懸念もあるが、これなら男子が買ってもおかしくはない、はず。

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