小説

『道祖神』太田純平(『傘地蔵』)

 後ろから声がした。振り向くと、例のダンスチームのリーダー格、藤森がいた。
「なに、そのお茶捨てんの?」
「い、いや、捨てるとかじゃ……」
「もーらい!」
 そう言って藤森はお茶を奪い、そのまま歩き去ろうとした。すぐに「あ、ちょっと!」と言って咎めたが、彼は「落ちてるもん拾っただけだろ?」と言って取り合わない。
「か、返せよ」
 藤森の肩を掴んでそう呼び止めたが、それが彼の逆鱗に触れたらしい。
「痛っ! テメェ暴力かよオイッ!」
 藤森はそう叫ぶなりいきなり蹴飛ばしてきた。勢いに押されそのまま前のめりになる。コンクリート塀が無ければ地面に頭を打っていただろう。
「ザコが!」
 捨て台詞を吐いて藤森が行ってしまう。僕は塀に手を付きながら体勢を取り戻すと、周囲の視線を気にするように後ろを振り返った。
「!?」
 松原さんと目が合い、咄嗟に前を向く。厳密には目が合った、と思った。彼女はこちらに向かって歩いて来ていたから、今の出来事をどこまで見ていたのかは正直分からない。いずれにせよカッコ悪いところを見せてしまったなと、学校では松原さんと遭遇しないようほとんど自分の教室から出ることはなかった。

(4)

 片付けだけなので昼前には帰路についた。秋晴れだが心は晴れない。
「……あれ?」
 例の道祖神の前を通るなり違和感に気付いた。スカーフがしてある。朝はしてなかったのに、道祖神が首の辺りにスカーフを巻いているのだ。僕のニット帽に触発されて、誰かご近所の方でも掛けてあげたのだろうか。
 ニット帽にスカーフ。すっかり冬支度を始めた道祖神様。朝はあげられなかったからと、文化祭の労いに学校から貰った缶のお茶をお供えする。常温のお茶だけど、日中はまだ暖かいから――。
「そのニット帽――」
 不意に横から声がした。ハッと顔を向けた時にはもう、松原さんが目の前にいた。
「私が作ったんだけど」
「……」
 何も言えずにまごついていると、松原さんも学校から貰った缶のお茶を道祖神にお供えした。
「このスカーフ、どう?」
「え」
「ニット帽に合わせてみたの」
「……」
 白いニット帽に純白のスカーフ。どうやらどちらも彼女が作った物のようだ。感心するような眼差しで道祖神を眺めていると、気を変えたように彼女が訊いてきた。
「どうして、道祖神に?」
「え?」
「どうして、ニット帽を被せてあげたの?」
「そ、それは……」
 口下手な自分を戒めなきゃと、道祖神を見て少しだけ勇気をもらう。
「寒そう、だったから……」
 彼女が道祖神の方を向く。

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