下を向く村人に向かい、村長は静かにそう告げていた。ただ、それに答える者はなく、皆ただただ俯くばかりであった。
「そういう村長が……」
それは決して大きな声ではなかっただろう。ただ、静まり返ったその場にあって、呟きに似たその言葉は、発した若者が驚くほど響いていた。
そう、響いたその言葉に、小さく頷くものが多かった。
「無論、儂もそうじゃ。じゃが、儂は村長として、皆の意見を聞いておる。それに、知っとるぞ? お主、太郎からかなり獲物を分けてもらっておったよな? 今見た中にも、心当たりがある者がおるようじゃが?」
その者達を眼光鋭く見据える村長。ただ、それ以上は追求せず、ただ周囲を見回すのみで終わっている。
だが、その事で、より一層話し合う雰囲気ではなくなってしまっていた。
村長に自覚は無いのだろうが、そんなことを言われてしまえば、それ以上誰も何も言える雰囲気ではなくなるに違いない。案の定、コソコソと近くで、お互いに目で会話する者はいても、誰もその先に言葉として話を進めることは出来ずにいた。
この村の誰もが生活に厳しいのだ。それは村長も同じだろう。ただ、そんな中でも浦島太郎の両親の行いを、村人たちはよく知っていた。そして、それは両親だけでなく、浦島太郎自身もそうだった。その事を感謝しているからこそ、村人たちの口は重く閉ざされている。
すきま風が入るその小屋に、重い沈黙がどっしりと居座って、ずいぶんと時間が経っていた。ただ、その中でも囲炉裏の火だけが、おだやかな温もりと時の流れを伝えていく。
もし、浦島太郎がこの事を知ったらどう思うだろう?
そもそも、私が連れて行った竜宮城は、陸《おか》とは違って非常にゆっくりと時がすすむ。浦島太郎を送り届けてすぐに来ても、陸《おか》ではすでに数日がたっていた。
もちろん、その事を浦島太郎はまだ知らない。いや、知ることもできないだろう。
もっとも、太郎はすぐに帰るつもりだったに違いない。だが、海の中で息が出来るということや、不思議な出来事、乙姫様の美しさに圧倒され、もはやそれどころではなくなっているだろう。
仮に、太郎が今すぐに帰ったとしても、きっとここにいる人たちもこの世にはいない。
そんな自分がいない場で、自分の母親の生死に係わる会合が開かれている事など、浦島太郎は露と知らないに違いない。