小説

『カメはミタ』あきのななぐさ(『浦島太郎(京都府)』)

「村長、太郎がひょっこり戻ってくる可能性はないのか? オラはまだ信じられん……」

 一番端に座っている若い男が、自らの気持ちを口に出す。だが、その希望はかなえられないであろうことは、その若者も知っているようだった。

「太郎の船には、全てがそのまま残っておった。今すぐにでも、漁ができるほどにな……」
「しかも、あの日は穏やかじゃったな。不思議と、皆不漁じゃったが……。まるで海の生き物が、全ておらんようになったように……」
「もしや、物の怪の仕業か? まさか、海神様がお怒りに!?」
「物の怪はともかく、あの太郎の事。海神様は無いじゃろうて……。誰ぞ、その前の太郎を見た者はおらんのか?」
「太郎も親父殿と同じように鼻が利くからの。その行動はよくわからん。だが、やはり親子じゃよ。親父殿と同じで、いつも一人で、その日に必要な分だけじゃよ……」

 口々に、近くの者と話し合う村人たち。いくら話し合っても解決しない事を、この狭い小屋の中で続けていく。だが、それもいつまでも続かなかった。

そう、薄い壁の隙間からのぞくまでもなく、ひときわ大きな声が小屋の中から沸き起こっていた。

「もういいわい! さっき太郎はおらんと言うたじゃろ⁉ 今宵集まったのは、そんな事を話し合うためじゃなかろうが! 村長も、回りくどいことは言わず、本題に入ればよいじゃろうが!」

 大声を出したわりに、そのあとは小さくなる大男。そもそもそれほど意見を言う方ではないのだろう。今も見るに見かねての発言に違いない。だが、体格に応じたその声は大きい。さらに、怒気を含んだその声は、大男の心情を物語っていた。

ただ、その事で、より周囲に緊張感が張り巡らされていた。

「さよう、今の問題は太郎の母を誰が面倒みるのかじゃな。太郎がどうしていなくなったかも問題じゃが、今宵はその話をするために集まったわけではない」

 村長の隣に座る年寄りが深く頷き、静かに大男の言葉を繋げていた。ただ、その言葉を聞いた途端、そこに居る誰もが俯き始める。

「もちろん、誰もが生活に余裕が無い。そのことは、この村に住む者がいちばんわかっておる。だが、この村に住む者だからこそわかっておろう? この中でも、太郎の母親の世話にならなかった者はおるまい? 無論、亡くなった太郎の親父殿や、そもそも太郎自身にも助けられた者も少なくなかろう? それに、あの親子の口癖も知っておろう? 『困ったときはお互い様』だ。だからこそ、儂らもそうあるべきだと思うのだが?」

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