小説

『ミラー』ウダ・タマキ(『姑と嫁(長野県木曽地域)』)

 私の人生は、誰のものでしょうか?
 私の幸せとは、何でしょうか?

 私は、私の思うまま人生を歩み、幸せを掴んで良いはずだと思うのです。なのに、いつからか私の人生は誰かに支配されているような、誰かの幸福を満たすために生かされているような気がしてなりません。
 私はそんなに性根の悪い人間ではないので、誰かの幸せ、それがとりわけ家族のこととなれば私自信の幸せとなり得るのですが、この場合はどうもそうはいかないのです。
 今の時代に、まさか嫁姑問題が存在するとは思っていませんでした。そもそも姑と同居することさえ珍しいことではありますが、夫に先立たれた高齢の母のためにと、彼から同居を懇願された私は彼の母を心配して快諾したのです。もちろん、彼のお母さんとはお付き合いしている頃に何度かお会いし、好感の持てる優しい女性だと知っていたのは当然ではあります。

 夫の実家がある町は少し辺鄙な田舎ですが、曽祖父の代から医師の家系とあり、とても裕福で敷地の大きな二階建ての豪邸は9LDKにトイレ、浴室が二つずつ備えられており、古びた団地の2DKに家族五人がすし詰めのように暮らした私の境遇とは天と地ほどの差を感じました。あくまでも、それは世間一般的な幸せの基準で、私自身はその生活を嘆くこともなければ、不幸だとも感じていません。だから、決してこの結婚は夫が裕福であるが故に決めたものではなく、彼の人柄に惹かれ必然的にそうなったことではありますが、私の周りにはとやかく言う人がいたことは事実であります。俗に言う『嫉妬』というものでしょうか。
「素敵なお嫁さんが来てくれて嬉しいわ。これからよろしくね、亜子さん」
 嫁いだ日、お義母さんは優しい笑顔で私を迎えてくれました。
「こちらこそよろしくお願いします。お義母さん」
 初めて口にした「お義母さん」という呼称に、照れ臭さと幸せが入り混じった気持ちでいっぱいだった私の顔は、赤く染まっていたことでしょう。それはじめじめとした夏が終わった秋の頃で、広い庭の芝を駆けてきた心地良い風が、金木犀の仄かな香りと共に私の頬を優しく撫でたのをはっきりと覚えています。抜けるような青空が広がる門出に相応しき素晴らしい日でした。
 私は夫から仔猫のように可愛がられました。私は勤めに出ることなく、家庭を守ることだけを任されたのです。朝四時半に起床して一汁三菜の食事を作ると、東に面した大きな窓から朝日が差すテーブルを囲み、三人で朝食を摂ります。
 出勤する夫を見送ってからは掃除の時間です。家の隅から隅まで全ての居室や廊下の掃除をするのですが、何しろ部屋が多くて広いものですからこの作業が大変で、一通り終える頃には慌てて昼食の準備に取り掛からなければなりません。
 だからといって、私はこの生活に不満はなく、むしろ幸せを感じていました。お義母さんは「よく動く子ね」と目を丸くして労ってくれますし、帰宅した夫は自分が疲れているにも関わらず「今日も一日ありがとう」と目尻にしわを浮かべて優しく頭を撫でてくれるのですから。

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