小説

『ミラー』ウダ・タマキ(『姑と嫁(長野県木曽地域)』)

 それでも私は自分の信念のもと、これまで通り何一つ変わることなく朝から晩まで家事と育児を続けましたが、お義母さんに認められぬまま、無常にも日々は淡々と流れていくのでした。
 いけないことだと理解しているのです。しかし、それでも心の奥底に封じ込めたはずの感情は、じわりじわりと湧き上がり、私の言動に少しずつ影響を与え始めました。お義母さんに対する口調は僅かながら乱暴になり、行動に荒々しさを帯びてきたのです。私は怖くて仕方ありませんでした。自分の心に悪魔が宿ったのではないかとさえ思うようになったのです。
 その頃には忠介がグズることも多くなり、私の心は、いよいよ蝕まれていくのでした。もちろん、忠介のことは愛おしいです。しかし、心のどこか深く隅の方に、忠介を立派に育てることは私の幸せではなく中山家、いえ、お義母さんの幸せとさえ考えるようになりました。それは、日々お義母さんから発せられる言葉によるものです。

「立派な跡取りになるんだよ」と。
 
 私は意を決して夫に相談することにしました。親を大切にする夫に対して、これは言うべきではないと、ずっと心に秘めてきましたが、ついに限界を迎えました。私の保身、勝手かもしれません。私さえ我慢すれば良いのですから。が、いつか私の意に反し、突如として私の心が崩壊することを想像すると……私だけではなく、中山家の崩落にさえ繋がると案じるようになったのです。
 幸いにも夫の愛は私に向いていました。「辛い思いをさせて悪かったな」と私を胸に抱き、耳元で確かにそう囁きました。その言葉だけで心が満たされた私でしたが、翌日、仕事から帰った夫は思いがけない提案を私に持ちかけたのです。
「これを明日から昼食に混ぜるように」
 そう言って手渡されたのは、小袋に入った白い粉でした。
「これは?」
「大丈夫、心配ないさ。少しずつ全身を蝕んでいくから、毒性は検出されない。三か月ほどで死に至ったときには老衰と診断されるだろう」
 二人きりの寝室にも関わらず、声を押し殺して喋る夫には恐怖すら感じましたが、それを聞き心の闇に少し晴れ間が見えたような気持ちになった私自身は、それ以上に恐怖の対象でした。
「毎晩、一袋ずつ渡すから。大量に持ち出してバレると厄介なことになる」 
 私は黙って頷き、小袋を手に取ると、ナイトテーブルの引き出しにそっと忍ばせました。私の御守りとなったのです。
 翌朝の私はまるで綿毛のように、或いは翼でも生えたように身も心も軽くなりました。お義母さんに対して優しく接することができ、如何なる小言も私の至らぬ点だと真摯に受け取れるようになったのです。
「ありがとうございます」

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