小説

『カチカチ山』笠倉薫(『カチカチ山』)

 そこにうさぎはゆっくり丁寧に薬を塗り込んでいきました。
「痛い。痛い。」
 タヌキがうめいているのを見て可哀そうにも思いましたが、全てはタヌキの自業自得と思い直し、ウサギは更に背中に塗り付けていきました。
「痛いかい。効いている証拠だよ。良薬口に苦しというけれど、これは痛ければ痛いほど効いているということなんだ。」
「そうなのか。それにしても痛い。痛い…。」
 タヌキはそういうとぐったり寝込んでしばらく歩けなくなってしまいました。
 それから何日後。
 ウサギはまたしてもタヌキを誘いました。
「タヌキさん、タヌキさん。
 身体の具合はどうだね。辛いことばかりで参っているだろう。どうだろう、気分転換に釣りでもやらないか。」
「いつも僕のことを気にしてくれてありがとう、ウサギさん。じゃあせっかくだから行こうか。用意しておくよ。」
 そこからタヌキとウサギは連れたってふたりで釣りに出かけていきました。
 川岸にボートがありました。一つは薄茶の船、もう一つは灰色の船です。
「タヌキさん、タヌキさん。僕はこちらの船に乗るから君はこちらの船に乗るといいよ。」
「じゃあありがたく。」
 タヌキはありがたく船に乗り込んだ。
「タヌキさん、もっと奥へ行こう。あちらの方がきっと魚が多くいるに違いない。」
 ウサギはタヌキを川の奥地に誘い込みました。
「そうか、ウサギさん。じゃあせっかくだからそちらに行ってみようか。」
 ウサギとタヌキはしばらく釣りを楽しんでいましたが、どうやら船の様子がおかしいことにタヌキは気付きました。
 どんどんどんどん船は沈んで跡形もなく溶けていくのです。それもそのはず、タヌキの乗っている船はうさぎが作った泥船だったのです。
「わぁ、沈む。船が沈む。ウサギさん、ウサギさん、助けてくれ。」
 ウサギはタヌキを助けませんでした。
「タヌキ、お前はおばあさんを殺したな。おじいさんは自分を責めて嘆き苦しんでいる。お前だってこうなるくらいだったら、おじいさんとおばあさんの栄養になってやればよかったものを。」
 ウサギの言葉を聞いたタヌキはやはり自分はウサギに仕返しされていたのだと気付きました。
「出来なかった。殺されたくなかったんだ。
おばあさん、ごめんなさい、ごめんなさい。」
 そしてタヌキはそのまま川の底に沈んでいきました。
 その光景は自分が想像していたものとはなにもかも違いました。
 ウサギはその後、おばあさんの仇を取ったことをおじいさんに報告しました。
 おじいさんは
「そうか。」
 と、言って後は何も言いませんでした。

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