小説

『カチカチ山』笠倉薫(『カチカチ山』)

 その代わりタヌキが亡くなった川と家の裏手に作ったおばあさんの墓に毎日毎日花を持っていき、手を合わせていました。
 ウサギはそんなおじいさんの後ろ姿を何も言わずに見守っていました。
 ウサギは憎いおばあさんの仇を取った筈なのにどうしてもこころが晴れません。
 それどころか黒いモヤモヤは広がるばかりです。
 タヌキが沈んでいくところを、最近ずっと夢に見るのです。あの悲しそうなタヌキの顔が目に浮かんで離れません。
 ウサギは段々眠れなくなっていきました。

 ウサギはおじいさんの家の近くに居を移し、おじいさんと一緒に墓参りするようになりました。
 おじいさんも弱ってきていましたが、前より一層畑仕事に精を出すようになりました。
 ウサギも何かを払うようにおじいさんの畑仕事を手伝いました。
 そこでやっとイモが少し取れるようになったのです。
 でもその頃にはおじいさんの身体はもう弱り切っていて、それが最後の食事になりました。
「おじいさん。行かないでください。僕をひとりにしないでください。僕はまるで鬼のようでした。」
「鬼か。儂も鬼ならタヌキも鬼。お前も鬼ならみな鬼か…みな最初は鬼ではなかったのになぁ。なぁ、ウサギよ。これ以上鬼を出さないでくれまいか。」
「どうしたら。」
 おじいさんは答えることなく息を引き取りました。
 ウサギはおじいさんのお墓をおばあさんの隣に作ると、その日からずっとあの日の答えを考え続けました。

 ウサギはそれから一人、頑張りました。
 ウサギはおじいさんおばあさんのように野菜やお米、肉がなくても草を食べて生きていけます。だから他の人が徐々に体力を奪われて働けなくなっても一人黙々と働き続けられました。
 ウサギはタヌキに火を点けたあの火打石で、野を焼いて、肥料を作ることを考えつきました。焼き畑です。
 村の住民はそんなことを知りませんからウサギのことを口汚く罵りました。昔からある山や森を焼くなんて、なんて罰当たりな奴だ、鬼、悪魔、と。
 ウサギは言い訳せずに黙って野を焼きました。

 初めは僅かながらしか育たなかった畑も
 少しづつ年月を経て、段々色々な野菜が
 取れるようになってきました。
 それを貧しくなった村に歩いて配りました。
「いらないよ、鬼の作ったものなんか。」
 時には村人に突き返されることもありました。ウサギは野菜だけ置いてまた山へと戻っていきました。ひどく言われてもお腹を空かせた子のために食べものを必要とする人がいたからです。

 ウサギが野菜を配り続けたため、村には少しづつ活気が戻ってきました。あの時の貧しくて、人が鬼になるしかなかった村とは違うのです。

 だからカチカチ山にはウサギのカチカチという音が寂しくも響いて、けれどその山は
 その音が響けば響くだけ段々と栄えていったのでした。

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