小説

『テクテクと歩く』真銅ひろし(『三年寝太郎』)

 平日のお昼なのでグランドにはほとんど人がいない。若めのお兄ちゃん二人がキャッチボールをしているくらいだ。
「・・・。」
 ここでもう一度『三年寝太郎』を思い出す。
 寝太郎はずっと寝てばかりいて、村人から「役立たず者」だと馬鹿にされ、けれどそれでも寝太郎は寝続けた。そしてある日むくっと起き出し、大きな岩を動かして川の軌道を変え、雨が降らずに水不足に困っていた村に川が流れるようにした。村人は大いに喜んで寝太郎に感謝した。
「・・・。」
 とても都合のいい話だ。
 けれど『十年寝太郎』の自分にもこんな事が出来るだろうか。
 自分にとっての大きな岩?それとも川?はなんだろうか?
 困った人を助ける事が出来るだろうか?
 感謝されるだろうか?
 いや、まず自分を助けないと無理か・・・。
「よし、ダメだ。」
 立ち止まるとあれこれと考えてしまうので立ち上がる。
 そろそろ家に帰ろうと思い、今度は多摩川沿いを家路に向かってテクテクと歩く。
 家に帰ったところでやることは特にないけれど。
 ランニングをしている人とすれ違う。
 颯爽と走る姿に、自分も走らないとなぁとじんわりと思う。自分は何もしていない。髪は伸びっぱなしだし、体もとてもだらしない。体力だって近所を歩いただけでもう疲れている。
「・・・。」
 ちょっと小走りになってみる。
「・・・。」
 恥ずかしくてすぐやめた。
「・・・。」
 けれどせっかくなので少しだけ早歩きをした。
 ちょっと頑張ってる、自分。と感心する。
「・・・。」
 すぐやめてしまうかもしれないけど、家に帰ったら仕事を検索してみようかな、と思う。なんか怖くて長い間そういった類のサイトを見ていなかった。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ。」
 現実を見るのは怖いが、ちょっと見るだけならいいだろう。
 いつまでもこのままでいいわけないと分かっているし、どこかで行動しなくちゃいけないのも分かっている。
「よし・・・よし・・・。」
 ちょっとだけ歩くスピードがもう一段階早くなるのが分かった。
 寝太郎のようにだいそれた事は出来ないけれど・・・。
「ちょっとだけ・・・ちょっとだけ。」
 今日はとても良い天気だ。

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