小説

『僕が僕であるためのセルフイメージ』サクラギコウ(『みにくいアヒルの子』)

 いつも口数の少ない兄が「どうだ? 会社は」と昼食の焼きそばを食べながら聞く。僕は「順調だよ」と答える。それで会話が終わりそうになる。僕は慌てて「父さんが入院して、人手足りてるの?」と訊くと「まあ、なんとかな」と答えた。兄は優しい人だ、口数は少ないが言葉の端々に優しさがこぼれる。
 僕は母が用意してくれた焼きそばを持て余していた。食欲がなかった。父の元気そうな様子を見て、そんなに心配はいらないと分かった。それなのに、どこかでストレスを感じているのだろうか。
 兄は僕以上に無口だった。会話はそれ以上続かなかった。
 母が戻って来ると、入れ替わりに兄が店に行った。

「同窓会は行くの?」
「え、そのために帰って来いって言わなかった?」
「行きなさい、同窓会。一度も出席してないんでしょ?」
 客商売をしていると、情報は思っている以上に集まるものらしい。
「別に行かなくてもいいんだけど」
「お父さんなら心配いらないよ。今はガンなんて2人に1人はなる病気だから。発見が早かったし。それに手術は月曜よ、同窓会は今夜だろ?」
 母はどうしても行かせたいようだ。そこまで言われたら、それ以上行かないと言い続ける理由がなかった。
「でも、深酒しないで早めに引き上げて来なさいよ」
 とどめの念押しをした。それから
「そのワイシャツ脱ぎなさい。アイロン掛けてやるから」
 僕は断った。皺なんてあっても構わない。
「何言ってるの、うちはクリーニング屋だよ。息子がそんな皺のあるワイシャツ着てたらみっともないだろ」
 それ以上やり取りを続けるのが面倒になり、ワイシャツを脱いで母に渡した。
 5分ほどで母は店から戻って来た。アイロンが当てられたワイシャツは、襟がピンと張られ、身ごろも皺ひとつなく温かかった。袖を通すと、シュッと音がした。忘れていた感触が蘇る。この感覚があったから、僕は行きたくなかった学校へ通えたのだと思った。

 行くと決めた同窓会だが、急に不安になった。20年近く中学時代の同級生と会っていない。結婚した人、子供がいる人もいるはずだ。存在を消していた僕はみんなに受け入れてもらえるだろうか。いやそれ以上に僕だと解ってくれるだろうか?
 会場は街の中心部にあるこの町一番大きなホテルだ。一番と言っても5階建て建物だ。そこにこの町一番の広さの会場がある。
 受付に座っている女子の名前が思い出せなかった。顔はなんとなく見覚えがあったが、名前が出てこない。女性は男以上に変わる。
 僕が名乗ると受付の女性が「アー!」とか「ウッソー」とか言って騒ぎ始めた。僕は出席の通知を出していない。やはり来てはいけなかったのか。

 心配はいらなかった。20年の時間などなかったかのように、一瞬で時空を超えてあの時の続きが始まった。同窓会の通知を長い間無視してきた僕に、次々と寄ってきて歓迎してくれた。

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