小説

『僕が僕であるためのセルフイメージ』サクラギコウ(『みにくいアヒルの子』)

 だが僕の中で、仲の良かった友人からの無視は、思った以上に応えた。ただ避けられる、呼びかけても答えないという行為がこれほど相手にダメージを与えるものなのだと思い知った事件だった。
 同じ小学校の同窓生は、ほとんど同じ中学へ進学する。近隣の小学校から集まってくるので今までの3倍に膨れ上がり、クラスも一気に6クラスになる。 彼らとまた一緒になるのだと思うと絶望的な気持ちになった。
 だから僕は僕なりに処世術を見つけた。彼らと関わらないように、目立たぬように、ひっそりと存在を消すのだ。それなら喧嘩などにならない。
「今日も一日無事に終わった」と思いながらの中学時代だった。
 帰宅部であることや塾通いは、関りを持たない良い言い訳となった。最初のうちは揶揄われることもあったが、そのうち飽きたようだ。相手にしなくなった。そして誰よりも僕がそうなるのを望んでいた。
 これが僕のセルフイメージだ。存在を消し関わり合いを無くす。だから僕の中学時代はいてもいなくても良い人間で、名簿上だけの存在だったが惨めさなどなかった。この町を出るという目標があったからだ。

 帰るつもりなど無かったが、実家から思いがけない電話が入った。父が入院するという知らせだった。昔から胃が弱かったが胃ガンだという。手術と1週間ほどの入院が必要となった。
「帰って来なさいよ。ちょうど同窓会もあるようだし」
 母の帰郷への誘いは問答無用だった。それほど父の具合は悪いのかと訊くと、それは心配ないようだ。初期の発見だった。手術で綺麗に取れるだろうと担当医が言ったという。
「でも、帰って来なさいよ」
 母に念を押された。
 予定になかった帰郷をすることになり、月曜日に1日有休を貰った。土曜日の午後にこちらを発ち月曜日の手術を見届けてから帰ってくる2泊3日の予定だ。
 帰郷と言っても2時間もあれば帰れる。新幹線通勤だってできる距離だ。それでも故郷に帰ろうとしなかったのは、そこに思い出がなかったからだ。 

 実家に行く前に、父の入院している病院へ向かった。
 病室は6人部屋だった。ベットの上で落ち着かない様子の父は、顔色も良くひどく痩せている様子もなかった。ここが病院でなければ、いつもの父の姿だ。「悪そうに見えないね」と僕が言うと、「そうだろ?」と笑った。母の言ったようにそれほど心配はいらないようだ。手術が終わったら帰ると知らせると、父が少しだけ顔を曇らせた。
 実家へ行くと、母は忙しそうに店に立っていた。「お昼は用意してあるから」と接客しながら言う。店舗の裏にある自宅へ行くと、ダイニングで兄が食事をしていた。昼はいつも交代でする。兄嫁は結婚してからもそれまで働いていた地元企業に続けて勤務している。小さなクリーニング屋なら大人が3人もいれば何とかなるようだ。

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