小説

『くつしたをはいたネコ』七海茜(『長靴をはいた猫』)

 ぼんやりとその様子を眺めながらふと、ミソが懸命に舐めている脚に目が留まる。
 茶トラのミソだが、四本の脚先だけは真っ白だ。
「ミソの模様って靴下履いてるみたいだな」
 俺の声にミソが毛繕いを中断してジッとこちらを見つめてくる。しかし「何か人間が言ってるな」という顔をしたかと思えばすぐに目を逸らし毛繕いを再開させた。
 ……果たして俺はこれから上手くやっていけるのだろうか。
 不安は数あれど、まだまだこの猫と過ごす今日からの新しい日常を想像できない自分がいた。

 こうして不安と共に始まったミソとの生活だったが、意外と順調な滑り出しを見せた。
 事前に勉強していたのも良かったが、何より近くの動物病院の先生に話を聞いてもらったのが大きい。どういうことに気をつけたら良いのか教えてもらい、不安なことがあればいつでも電話をして欲しいと言われたのがかなり俺の心労を軽くしたと言える。
 そして元は動物に興味がなかった俺は共同生活を始めてすぐに猫というものの可愛さに見事陥落した。パソコンに向かって仕事をしていると画面の前を横切ったり膝の上に乗ってきたりして、邪魔をする姿も可愛いと思えるほどに。
 さて、そんな風に俺の生活がミソという一匹の猫によって彩られていくある日のことだ。
「あれ、ミソ? ご飯の時間だけど……」
 いつもなら時間の前から待機しているのに、今日はその姿が見えない。
 どこにいったのだろうかと部屋を探し回るも、中々見つからない。
「おーい、ミソちゃーん」
 何度目かの呼びかけに、カタンと小さな物音が返ってくる。
 物音はどうやら壁とソファの隙間から発せられているらしい。一体どうやってそんな場所に入ったんだろうと思ったが、猫は液体だと言う人もいるくらいだからミソにとっては
 造作もないことなのかもしれないとすぐに思い直す。
 ともかく隙間から出て来てもらおうとソファをずらすと、ぴゃっとミソが飛び出してくる。
「うわ、ミソ大丈夫……って、あぁ! それ俺の腕時計!」
 ミソがくわえていたそれは、数日前から見当たらなかった俺の腕時計だった。高校を卒業した時に父にもらった大切な時計で、このところずっと探していたのだ。
 ミソは俺の目の前に腕時計を置いて誇らしげに、にゃあんと鳴く。
「ありがとうミソ、これ探してたんだ。大丈夫か? あぁ、ホコリが付いてるから舐めるなよ! 今取ってやるからな」
 その日、ミソお気に入りのおやつを献上したのは言うまでもないだろう。

 またある日のことだ。その日は会社に出勤しなければならず、前日にスマホのアラームをセットして遅刻しないための準備はバッチリだったのだ。

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