佳代はロビーで待っていた。
吹き抜けの天井に真っ白な壁、茶色い大きな柱時計、ガラス張りの入り口。柱ごとに置かれた観葉植物の間を縫うように、制服を着たスタッフたちが動いている。
フィンランドは佳代が一度は行ってみたい国だった。一週間のまとまった休みを取り、ゆっくり街を散策する。サーモンにレモン、ディルの乗ったサンドイッチの朝食、ちょっと甘いお菓子とコーヒー。到着してまだ三日目だったが、何だかもう随分と長い間、ここに滞在している気がした。
今日は少し郊外へ出かける予定だった。日本を出発する前に予約した現地の日本語ツアーだ。黒い肩掛けカバンを膝に置き、佳代はもう一度、柱時計で時間を確認する。
「おはよう」
現れたのは若い日本人男性だった。
柱時計がボーン、ボーンと時刻を奏でる。
「準備はいい?」
佳代は男性を見つめたまま会釈を返す。今日のガイドだろう。留学し、そのまま住みついた日本人が行う個人ツアーには気さくな人が多かった。これまでに訪れた幾つかの国で佳代はそれを知っていた。防寒ジャケットにジーンズのその男性は、スタッフに挨拶をすませると佳代の元へ戻ってくる。
「行こうか」
「あの、日置佳代って言います」
「雄一だよ」
男性は少し困ったように笑い、佳代の隣に来ると「行こう」と腕に触れた。
「よろしくお願いします」
海外での生活も、その日常に溶け込んで暮らす人も、佳代には憧れだった。
男性がドアを開け、佳代は助手席に乗る。
「おはようございます」
白い五人乗りのレンタカーには、後部座席に既に女性がひとりと、その隣に女の子が座っていた。
「おはようございます。ほら、紗希もちゃんと挨拶しなさい」
紗希と呼ばれた女の子は怪訝そうに佳代を見つめている。
「今日はいい天気ですね。まだ少し寒いですけど、日が当たると暖かくて気持ちいいです」
「そうですね。今日はよろしくお願いします。紗希ちゃん? もよろしくね」
女の子はもごもごと挨拶をすると、母親の顔を見上げクスクスっと笑った。
ガイドがシートベルトを締め、エンジンをかける。佳代は姿勢を戻し、窓の外を眺めた。少し遠くに河が流れ、車はそれに並行するように走っていく。土手に菜の花が群れている。佳代は窓を少し開けた。冷たい風がおでこを撫で、前髪を揺らす。春の匂いがする。違う国でもどこか似ているところがあって、その不思議な感覚が佳代は好きだった。
「さむい~」