小説

『こんがらがった線』いいじま修次(『金色の糸と虹』)

 その『こんがらがった』をほどいた後の『美しい一本の線』は、彼を魅了すると同時に、終わりの無い楽しみを与えた。
 一瞬一瞬で、さまざまな思考を浮かべる人間の頭――その複雑な『こんがらがった』が、誰からでも幾らでも浮かび、そしてほどき続けていける。
 その喜びに、手に入れた賞金はどうでもよくなっていた。

「まさに天才! 一瞬で覚え、二度と消えぬ記憶力!」
「世界中の言語を極め、世界中の事を知っている!」
「超能力か!? 相手の思考すら分かってしまう!」

 彼はあらゆるメディアから注目され、時の人となった。
 さまざまな文化人や著名人と対談し、学者や評論家と意見を交わし、世界中の話題となった。

 だが、多くの職に就いた時と同じく、「心が無い」と言われ始めた彼は、注目をされなくなっただけではなく、「考えを見抜かれてしまう」と、人から避けられる様にもなった。
 彼はそれを辛いとは感じなかったが、自分を見る誰もが、自分を避けようとする『こんがらがった』ばかりを浮かべる事に気落ちした。

 
 ほどく事の出来ない『こんがらがった』は、彼が若者ではなくなった時――
 それは、自分の胸の中にあった。

「優れた人間は、注目と同じだけの孤独も味わうものです」
 そう言って彼の前に現れたスーツ姿の男性は、礼儀正しく言葉を続けた。
「私が怪しい者ではない事、そして用件なども、あなたは既にお分かりなのですよね。――さあ、お乗り下さい」

 彼は、その男性と共に高級車の後部座席に乗り、最上級ホテルの一室へと行った。
 待っていた一人の有名政治家は、秘書であるその男性を下がらせ、彼と向き合った。
「私は多くの人間に会うが、嘘つきばかりだ。是非あなたに秘書となって頂き、その嘘つきを教えてほしい。私の側にいる必要はありません。必要な時はその人間を連れて行きますし、あなたといる事が広まるだけで、良からぬ人間は私に近付かなくなるでしょう……」
 彼は護衛に守られながら、海辺にある政治家の別荘で暮らし始めた。

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