小説

『小さな世界の姫と太郎』春野萌(『浦島太郎』『かぐや姫』)

 半月も経てば、特別室登校にもすっかり慣れていた。時間割に沿って担任たちが用意してくれた課題をこなし、あまった時間は月野さんへの献上物を一緒に眺めた。保健室の先生も気にかけてくれて、たまに私たちを誘ってお茶会をした。気楽な時間は嫌なことを忘れさせ、このまま穏やかな時間が続けばいいと思っていた。
 そんな時、愛都たちが特別室へやってきた。

「縞子ちゃんいる?」
 お昼休み、保健室の先生も席をはずしている時間だった。突然の訪問に緊張が走る。月野さんが「大丈夫?」と声をかけてくれる。うなずいて恐る恐る外へ出た。
 久しぶりに見た同級生の姿はずいぶんとぼやけて見えた。くらくらしたけど、月野さんに情けない姿をさらしたくなくて後ろ手にそっと襖を閉めた。

「ねぇ、縞子ちゃんが教室にこれないのってうちらのせいじゃないよね?」
「…どうしてそんなことを聞くの?」
「別に。ただ、心配になって来ただけだよ。玉手箱にメッセ送ったのに無視したでしょ」
 まるで私が悪いと責めるような口ぶりだった。何も言葉が出てこなくて黙り込むと、それを反抗と取ったのか愛都はさらに声を荒げた。
「でもさ、もとはといえば縞子ちゃんが悪いんだよ。うちらの悪口を言ったから」
「…私、愛都ちゃんたちの悪口を言ったことはないよ」
「そうやっていい子ぶるんだね。愛都たちのこと先生に言いつけたくせに。自分だけ悲劇のヒロインぶってるんじゃねーよ」
 私が彼女に何をしたというのだろう。ただ、孤立してしまった亀ちゃんを助けただけだというのに。
 怒りと悔しさで胸が押しつぶされそうになった時、「浦さん、何かあった?」と月野さんがのぞいてくれた。人がいるとは思っていなかったのか、愛都たちは目配せして慌てて保健室を出ていく。
どうやら会話は筒抜けだったようだ。再び静けさを取り戻すと「強烈な子だね」と月野さんが呟いた。
「ですよね」と苦笑いしつつ、緊張からやっと解放された胸はいまだドクドクと脈打っている。息を整えるよう深呼吸を繰り返した。
 落ち着いてからカバンの携帯を取り出して玉手箱を起動する。しばらくは意識しないようずっと電源を切ったままだった。
 知らない間に愛都からのメッセージは20件近くも入っていた。
「見ないの?」
「なんだか開けたら負けな気がして。いっそこのまま消してしまおうかな」
「いざという時の証拠に残しておいた方がいいんじゃない?」
「確かに」
 冷静に思案する月野さんが頼もしくて強張っていた体の力が抜けていく。再び電源を切るとカバンの奥底にしまいこんだ。

 それから再び穏やかな日が続いた。先日の件は速やかに担任へ報告した。月野さんの口添えもあって、二度と同じ事をしないようきつく叱ると言ってくれた。
 夏休みを目前にした日、私たちは窓の外を見つめながらいつものように何気ない会話をしていた。
「クーラーが効いてるのに窓を開けるって背徳感あるよね」
「贅沢してる気分です…」

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