小説

『土曜日の女神』ふるやりん(『金の斧、銀の斧』)

「は? どゆことよ」
「さしあげます、それ。僕は嘘つきなんで、没収ですよね?」
 僕がニヤニヤとしながら思惑を告げると、そーゆー風に使うシステムじゃないんだけどなあ。と女神様はブツブツと不満を表しながらも、口元を綻ばせながら沈んでいったのを確認できて、僕はとても満たされた気分になった。

 それから僕は毎週のように女神様の下へ足を運んだ。
 同じ風景を時間帯を変えて切り取った「朝の街」や「昼の街」の絵も彼女に見せると、興味津々で食い入るように鑑賞してくれる。でも最後には、やっぱり私の「夜」のが一番キレイね。と言って鼻を鳴らした。まるで自分が創作したような口ぶりだったが、そんなことは気にならず、むしろ嬉しくなった。
 それから僕は、映画や音楽や本など、彼女の知らない世界のものを色々と披露するようになった。中でも特に彼女が気にしていたのはファッション誌で、カワイイを連呼して、ときおり羨ましそうに目を細めるのだった。

 ある日、僕はまた泉に来てネックレスを箱ごと投げ入れた。もちろん、それは自分が身につけていたものなどでなく、女神様にプレゼントするのが目的だった。そして、波紋は大きくなっていき、泉は光り出す。
「あなたが落としたのは——」
「あれ? 女神様じゃない」
 姿を目にする前に、声の時点で僕は気がついた。僕の知る女神様よりもおっとりとしていて大人びて見える美女が、目の前の水面の上に立っていた。
「私は、女神ですが?」
 小首をかしげる仕草にも淑やかさが垣間見える美女を前に僕はしどろもどろになる。
「いやあの、僕が知ってる女神様じゃないっていうか」
「あなた、以前にもご経験があるのですね。いつの話でしょう」
「せ、先週の土曜です」
「でしたらおそらく、ツッチーさんのことを仰っているのですね」
「つっちー?」
「はい、私どもは曜日ごとに担当を変えて泉の管理をしているものでして」
 僕は口の塞ぎ方を忘れたようにあんぐりとしたままだった。
「管理……ですか。それより、シフト制……だったんですね」
「そうですね。そのように捉えていただいて構いません」
「というかあの女神様、ツッチーって名前だったんだ」
 なにが可笑しかったのか、大人びた女神様は口元に手を当てて、うふふ。と遠慮がちに笑った。
「私どもに名前はございません。ただ区別するために曜日で呼び合っているに過ぎませんの。なので土曜日のあの子は、それをもじってツッチーと呼んでおります。まあ、あだ名みたいなものですね」
 なるほど。と相槌を打ったが、僕は釈然としないままだった。
「するとあなたは、あの子の言う絵描きの少年ということですね」
「えっ?」

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