小説

『土曜日の女神』ふるやりん(『金の斧、銀の斧』)

 女神様たち同士で交流があるのかと僕は驚いたが、そもそもあだ名で呼び合っている時点でそれなりの仲なのだろうと解釈した。それよりも女神様が、ツッチーが僕のことを話題にしてくれていることが嬉しかった。
 大人びた女神様はカヨコと名乗った。そういえば今日は火曜日だ。
 カヨコは、掟ですから。とひとまず僕に例の質問をした。そして僕はそれに、何も落としていない。と返答をした。
「どうしてです? 嘘をつけばどうなるか、お分かりのはずでしょう」
「はい、でも。金も銀もいらないですし、それにそれはもともと女神様にプレゼントするつもりだったんです。あ、女神様って言うのは——」
「土曜日のあの子のことですね」
「はい、そうです。なので、カヨコさんから彼女に渡しといてもらってもいいですか?」
 僕のお願いに、カヨコさんは少しだけ戸惑いを見せたが、やがてまた淑やかな微笑みに表情を戻してから言った。
「そうしましたら、私からも一つあなたにお願いがあります。それを呑んでいただければ、これをあの子にお渡ししましょう」
 カヨコさんの提案は驚くものだった。しかし僕はそれを了承し、彼女にネックレスを託した。

 次の土曜日に僕は、意を決して泉に飛び込んだ。水の中はとても澄んでいて左右の対岸まで見渡せた。なんの変哲もない水中に僕は少し怖くなった。
 このままただ溺れ死ぬんじゃないか。一瞬そうよぎったかと思えば、底の方で光が湧き始めた。水中だというのに目の前で照らされているみたいな眩しさで、やっぱり目を閉じた。そしてまた瞼を上げると、そこにはもう青空が広がっていた。
「なんで!? どしたの、気でも触れた?」
 ギョッとした顔の女神様が僕を抱きかかえて水面の上まで上がっていたのだ。
「女神様。あ、いえちょっと。すいません」
 僕を抱きかかえたまま女神様は岸まで水面を歩く。その間、気恥ずかしい僕は口をつぐんだまま彼女の目を見られなくて。彼女はというとグチグチと文句を言っていた。
 そして僕を岸に下ろしたとき、そのタイミングを待っていた僕はよろめいたフリをして女神様を引っ張った。っとっと。彼女はそのまま岸に完全に両足を着け、あ。っと漏らした。
「足つけちゃった。やばい!」
「どうかしたんですか?」
 僕はできるだけ何食わぬ顔を保ってそう尋ねたが、彼女は僕に背を向けて泉に戻ろうとした。
「あぶない!」
 僕は思わず彼女の手を掴んだ。彼女の体は水面をすり抜けて沈もうとしていたのだ。
 その時泉から光が溢れ出し、姿を現したのは、カヨコさんだった。
「……カヨさん」
 彼女が呟くと、カヨコさんは諭すように口を開いた。
「わかっていますね? ツッチーさん」
「私、もう」
「その通りです。ああ、なんということでしょう。あなたはとうとう泉の領域から出てしまいました。だからもう、女神ではない、ただの人間に成り下がってしまったのです」
 目頭をおさえるカヨコさんを見て彼女は唖然としている。
 カヨコさんはセリフを用意してきていたのか。あまりにも芝居が臭くて、僕はなんとなく拍子抜けした。彼女も僕たちの意を汲み取ったのか不安げに潤めかせていた瞳を、今度はカヨコさんへの感謝の気持ちによってさらに濡らしている。
「どこへでも、行きなさい」

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