水害に遭った地元で成人式が行われたのはニュースで知った。その後久しぶりに佳奈美ちゃんから連絡があり、私の連絡先を知りたい同級生が居るという。それは意外な相手だった。
「安達?」
「小木坂君」
小木坂は県外に居る私をわざわざ訪ねて来た。間近で顔を見るのは小学校以来でも、腕白な面影が残っている。
ファミレスに入ると小木坂から話し始めた。地元の建築会社に勤めていると言い、町の様子を話してくれた。
「そう言えばさぁ。遠泳大会で確か、安達溺れたよな」
「うん」
「川野が助けたって。俺も水害の時、あいつに助けられたんだ」
小木坂が探るような目で見る。
「あのさぁ。お前あいつの事で何か気づかなかったか」
「何かって?」
「助けられた時に、何か」
今日の本題はこれかと内心身構えながら、私はジュースのストローをくるくる回す。
「私よく覚えてないのよ。後から聞いたけど、川野君がボートの上から引っ張り上げたんでしょう?」
「川野がお前を抱えて海の中からボートに乗せたのを見た奴がいる」
「そうなの。ほんと覚えてないわ」
視線が嫌だ。私は、知っていることをわざと訊いた。
「そう言えば川野君は地元に残ってるの?」
小木坂は少し黙った。
「あいつは行方不明だよ。あいつの家族も」
「そう・・・」
小木坂はそれ以上追求して来なかった。
それからまた何年も経った。
通勤の朝の人混みを歩きながら思う。性別や国籍や色んな差別をなくそうという流れの中で、川野君のような種族はどう暮らしているんだろう。種族の垣根が無かったら、プールの時間に活き活きと泳ぐ姿が見られたんだろうか。川野君は何度も転校せずに済んだのだろうか。
私は資格を取り営業成績を上げ、一人で頑張っているつもりだったけど、会社には可愛げが無い女だと思われていたらしい。理不尽な異動を打診されて転職を決めた。
新しい会社で先輩と顧客回りに出掛けて出会ったのは。
「ちょっとねぇ君、どうしたの。すみません社長」
先輩が泣き崩れる私を宥めている。
「いいんですよ。古い友人なんです。すみませんが少し外していただけますか」
秘書が先輩を部屋の外へ連れて行く。
「泣かなくてもいいと思うんだけどな」
ティッシュが箱ごと差し出される。
「だって・・・」
「名前変わったんだね。ご結婚?」
首を横に振る。
「違う。親が離婚して。母方の姓」
「俺も今は川野じゃないんだ。目立つことしたから名前変えたんだよ。お役所に仲間が居てね」
「そ、そんなこと、出来るんだ」
折角久しぶりの対面なのに、化粧が崩れたこんな顔を見せるだなんて。でも涙が止まらない。
「良かった。生きてて、良かった」
私はやっと顔を上げる。目の前に、青白い顔のひょろっとした少年の面影があった。