「Oh これは何とも不思議なおにぎり、さつまいもが刻むマイメモリー。色とりどり具はもりもり。俺の感情はもう大繁盛」
「おい、ヤス。やったな」大地は満面の笑みで康之の背中を叩いた。康之は口を開けてピクリともしなかった。
「おい糞餓鬼ども。おにぎりありがとうよ。最後のが一番美味かった。甘すぎないさつまいもと水菜の青臭さと鶏肉の淡白な風味が絶妙だった」
「門脇さん、俺のプレーンおにぎりは?」
「お前のだったのか。言っただろ、最悪だ。おにぎり、もとい『おむすび』ってのはな、握るんじゃなくてその名の通り『結ぶ』んだ。お前のはそれが全然できてない。塩も多すぎる。具がないからそれが余計強調されたんだ。ただのねちゃねちゃの米の団子みたいだったぜ」
門脇はさらっと言い放った。
「ちぇ、もっと勉強しますー」大地が不機嫌そうにぼやいた。
「門脇さん手厳しいね、すっぽんぽんなのに」
「伊達に食通じゃあないな、すっぽんぽんだけど」健一の後に康之が続いた。
「それよりも、おにぎり祭りに出品するやつ、無事決まったな」大地はにやりとした。
「おにぎりはーいかがですかー」大地の弾けんばかりの雄たけびが、大学のメインストリートに轟いた。康之と健一は屋台の隅に座って、うちわで顔を仰いでいた。
「もう、斎藤くんも柳楽君も少しは手伝ってよ」米を押しつぶすように握りながら、青木紀子が叱った。
「アイディア捻り出したんだから勘弁しろよ、な」
「そーそー、結局俺のたこ焼きも採用されてるし」
紀子に聞こえないように二人は静かに文句を言った。
「ちょ、ちょっと青木」大地の声が紀子の手を止めた。
「なに?」
紀子は依然として不機嫌だった。大地にはそんなことお構いなしだった。
「いいか、おにぎり・・・・・・いや、おむすびはな、握るんじゃなくて結ぶんだ。こうやって。力を入れたらだめだ。優しくそーっと」どこかで聞いたような台詞であったが、そういって握った大地のおにぎりは、以前よりは格段にきれいだった。
「すみません、そのおにぎり二つください」行列ができるまではいかずとも、客足が途絶えることはなかった。
「ありがとうございまーす」大地の声が客を一人、また一人と見送った。
「なあ」
「ん?」
「今更だけど結局、門脇さんて誰?」
「アーティストじゃない?」
「嘘つけ」
康之の素朴な疑問を健一が往なした。
試作の段階で燃え尽きた康之はやる気なさ全開だった。さり気なく売り場にあったプレーンおにぎりを掴んで口に運んだ。
「あ、うまい」
思わずぼそっと呟いた。
「ありがとーございましたー」
学園祭の終始、大地の声が途絶えることはなかった。