小説

『嘘と百年』和織(「カインとアベル」「夢十夜(第三夜)」)

「だからね、ここは百年前の僕のお墓だ。今の僕はもう、兄さんとなんて関わりなく生きていたいんだよ」
 そう言った弟の声は、やけに明るかった。その明るい声を、懐かしいと感じた。自由な声。羨ましいと思っていた、ずっと。だから捕まえて、地面に縛り付けておきたかったのだ。どこへも行ってしまわないように。
「さぁ、殺した僕を供養したいなら、赦されて、解放して」
「・・・・・すまなかった。お前を殺してしまって」
 殆ど息しか出ていない声で、私は言った。あのときと同じだ、そう思った。わからなかった。どうして弟にはそれが簡単に出来てしまうのか。だから、嫉妬した。今もそうだ。私が百年かけ続けていた錠を、弟はいとも簡単に解いてしまう。
「おめでとう。これでしつこい呪いも消えるね。後はもう好きにするといいよ。さよなら、兄さん」
 弟は、あっさりと私を置いて行ってしまった。思えば、私が拒んでいたのはこれだったのだ。私が一緒に居たかったのは他の誰でもない弟だった。だって、私は弟を愛していた。だから決して真実を口にはしなかった。「はい、お父さん。僕は何よりも大切な弟をこの手で殺しました」なんて。
 なるほど、目覚めてやっと、本当の罰が与えられる訳だ。急に寂しくなってしまって、私は弟の墓石を兼ねた木に触れた。すると、何かが手をすり抜けていく感覚がした。そして、私は自分が泣いていることに気づいた。でもなぜ泣いているのか、わからなかった。もう、思い出せなかった。背中がズンと重くなった。少年が、眠っていた。私は木から手を離し、また山道を下り始めた。

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