「・・・兄さん」
二三分歩いたところで、少年がそう言った。
「にいさん?僕はてっきり自分をおじさんだと思ってたよ」
そう答えてから、ふと違和感がした。声が、違う。
「兄さん、こんなところで独りきりなんてあんまりじゃないか」
「え?」
一瞬、ドキッとした。けれど、歩みを止める程ではなかった。それが、むしろ聞き覚えのある声だと、そう思ったからだ。なんとも変な感じだった。今背中におぶっているのは見知らぬ子供の筈で、しかしその口調も声も、決して子供のそれではないのに、なぜか、受け入れている自分がいる。私は少し、呆けたような表情をしているかもしれない。でも、淡々と歩き続けていた。
「君は、どうしてそんなことを言うのかな?」
「兄さんは自分の嘘と父さんの言葉で、自分に呪いをかけちゃったんだね」
気がつくと、もう殆ど夜だった。私はいったん立ち止まり、いつも首から下げているライトを灯す。それから、また歩き出した。そして、思い出した。自分が嘘をついたときのことを。嘘をついた私は、父によって世界から追放されたのだ。私がそれ以上誰も傷つけないように。私が誰からも傷つけられないように。
「そうだね、僕を閉じ込めるとき、父さんはこう言っていた。僕に何かしようとたくらむ奴がいれば、そいつに自分が七倍の報復を与える、って。七倍って、どういうことだろうね。あんなにも愚かな息子を守るために、よくあんな、神様みたいなことを言えたものだよ」
「痣があるね、左手の甲に」
「え?ああ・・・これは生まれつきで・・・」
「父さんが鞭で打ったんじゃないか」
「あ、そうだった」
「父さんが兄さんを鞭で打つから、誰も兄さんにかまおうとしなくなった」
「ああ、そうだ」
「あの嘘を、ちゃんとひっくり返さなかったからいけないんだ」
そうだ、私はあの後、死んでも本当のことを言わなかった。そして自分に呪いをかけた。「僕は知りません」その、生涯についたたった一つの、一つの人生に対して、あまりにも大き過ぎる嘘のせいで、もう嘘をつくことができなくなった。嘘がつけないせいで、正直を嫌う者に疎まれ、ときに馬鹿にされ、肉体的や精神的に攻撃を受けたりすることもあった。すると攻撃してきたその人物が、必ず不幸な目に合う。だから私は、誰とも一緒にいられない。山奥に独りきりで住み、食品工場と家の往復だけの毎日。誰にも気づかれず、静かに死んでゆく。これはそういう人生だ。
「やっぱり兄さんはナンセンスだと思うな」
あっけらかんと、弟はそう言った。
「どうして?」
「罰を受ける為だけに、また生まれてきたなんて」