小説

『三人の今にも吹き飛ばされてしまいそうな家』社川荘太郎(『三匹のこぶた』)

「お前たちもいい歳だ。いつまでも実家でごろごろしていないで、そろそろ一人暮らしでもして自立したらどうだい」
 狭い居間で愚痴を言う母の辛そうな表情を見て、三人の息子たちの心は痛んだ。
 だが、三人ともが働いた経験を持たないまま三十代になってしまった今の状況から、急に自立して生活する自信はなかった。
「実は俺、家に閉じこもって何もしていないように見えるかもしれないけど、投稿用の小説を新人賞に応募してるんだ。もし最優秀賞にでもなれば凄い額の賞金をもらえるし、作家としてデビューすることだってできる。だからもう少しだけ、ここにいさせてくれ」
 長男の一郎は縋るように言った。
「そうなのかい? でもあんたは特に大飯食らいだから」
「信じてくれ母さん、俺、絶対ビッグになって母さんを安心させるから」
「そこまで言うのならね……」
 一郎は心の中でガッツポーズした。
「そういえば、そろそろ一次選考の結果が出てる頃かもしれない。ちょっと部屋に戻って確認してくるよ」
 部屋に戻った一郎はパソコンを立ち上げると、新人賞を主催している出版社のホームページを立ち上げた。
 一郎の予想したとおり、一次選考を通った作者の名前と作品名が一覧で掲示されていた。そこに一郎のペンネームはなかった。
 そんなはずはない。
長編は初めて書いたとはいえあれだけの傑作を――。見落とされたのだろうか。そういえば一次選考はアルバイトが下読みという作業をして作品をふるいにかけると聞いたことがある。能力のない下読みに当たったのかもしれない。
 気づけば一郎は出版社に電話をかけていた。
 新人賞の公募の件だと言うとすぐに担当者に代わってもらえた。
「いるんだよね、君みたいな人」担当者を名乗る男は笑いを含んだ声で言った。
「自分の能力を客観視できないっていうのかな、なんであんなありきたりな物語なのに自分だけは特別だと思ってるんだろ。こうして電話してくることも常識知らずでイタいし、とりあえずもっと色んな小説を読んでから投稿してきてよ」
 それきり電話は切れてしまった。一郎は目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
 もはや自分を認めてくれる人は誰もいなかった。突風に吹かれたように、一郎の自意識は吹き飛ばされ丸裸になっていた。

「俺は兄さんみたいな夢みたいなことは言わないよ」

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