小説

『三人の今にも吹き飛ばされてしまいそうな家』社川荘太郎(『三匹のこぶた』)

 一郎が自室に戻った後で、次男の二郎が言った。
「じゃああんたは家を出て自立してくれるのかい?」
「違うんだよ。実は俺、働いてないように見えるかもしれないけど、これでもこれからちゃんと金を稼げるんだ」
「ほんとかい?」
「ユーチューバーって知ってる? 要はネットで動画をアップして、広告収入で収益を得るんだけど、トップクラスのユーチューバーになると一年で一億以上稼いでる人だっているんだぜ」
「それは凄いねえ、それで、お前はいくら稼いでるんだい?」
「俺は、まだ、始めたばかりだからさ。少しずつチャンネル登録者も増えてるし、この調子でいけばすぐ母さんにも楽させることができると思うよ」
「それなら仕方ないかねえ」
 二郎は心の中でガッツポーズした。
「じゃあ、そろそろ新作を公開しないといけないから部屋に戻るよ」
 部屋に戻った二郎はエンコードと呼ばれる圧縮作業が終わった動画をユーチューブにアップした。
 すると、すぐに動画に対してコメントが寄せられた。
『たまに動画見させてもらっている者です。最近の動画はネタ切れのせいかどこかで見たような内容の詰め合わせで、自分で一生懸命盛り上げようとする感じとか、正直見ていてイタいです。ツイッターのプロフから三十代ということですが、僕が言うことでもないですけど仕事もせずにこんなことばかりしていて大丈夫なんでしょうか。もう見ることはないと思います』
 読み進めながら、二郎は必死で涙をこらえた。
チャンネル登録者は百人をようやく超えた程度でまだ収益化できる人数にすら到達していなかった。動画のアップ数は二十本程度だが、もう次のネタ作りに苦慮するようになっていた。
トップユーチューバーにできていて自分にできない訳ないと思っていた。でも現実はそうじゃなかったらしい。
 もはや自分を認めてくれる人は誰もいなかった。突風に吹かれたように、二郎の自信は吹き飛ばされ丸裸になってしまった。

 さて最後は三男の三郎である。
「二郎兄さんも自信があるのはいいけど、そう簡単なものじゃないと思うけどな」
「あんたは父さんに似たのか昔から堅実だからね」
「僕は今年も公務員試験を受けてるんだ。今年がラストチャンスだからね」
「今年で十回目だったかね?」
「残念、十一回目だね」三郎は胸を張って言った。「何より公務員は安定しているからね。どんなに不況であっても倒産することはないし、あんまり大きい声じゃ言えないけど女性にもモテるらしいよ。僕も小学校の頃は神童と呼ばれてたから、今年は間違いなく受かってると思うよ」
「じゃあ結果が出るまで待ってみるかねえ」
 三郎は心の中でガッツポーズした。

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