小説

『嘘と百年』和織(「カインとアベル」「夢十夜(第三夜)」)

 曲がりくねった坂道の家路の途中、その先に見えたものを、最初は動物かと思った。けれどそれは、七八歳くらいの少年だった。彼は地べたに蹲っている。まるで兎のように鼻をすすりながら、画に描いたようにシクシクと泣いている。私は彼に近づいてしゃがみ込んだ。
「ボク、どうした?ケガしてるね」
 少年は膝をすりむいていて、片手を右足首に添えていた。
「下りてくるときに転んだの。歩くと痛い」
「この先は結構な勾配だからねぇ。捻っちゃったのかな」
 私は彼の足に触れてみた。くるぶしの近くを触ると、少年が「うっ」と声を出したが、骨に異常はないようだった。
「捻挫だねこれは。君、なんでこんこなところに一人でいるの?」
「猫を追っかけてきたの。でもいなくなっちゃった」
「一人でこんな上の方まで来ちゃだめだよ。暗くなったら危ない。この先には街頭だって一つしかないんだから。もうすぐ、真っ暗になっちゃうんだよ」
 私は持っていた買い物袋を地面に置いた。幸い精肉などはなく、買ったのは牛乳と野菜類だけだった。牛乳も、この気温なら外に置いておいたって何の問題もない。この先にたった一つある街頭は、この先にあるたった一軒の家の為のものだ。もちろん、それは私の家である。それに、この下を十五分程下らないと他に民家や店はない。つまり通常なら、私以外の人間がここに来ることはないのだ。大した買い物がなかったので、ガソリン節約の為に歩いてしまった。車ならおぶらずに済んだけど、今から家まで行って車で下りてくるまで、彼をここに置き去りにする訳にもいなかい。
「ほら、乗っかれるかい?」
 私がしゃがんだまま少年に背を向けると、彼は自分の手を私の首にまわした。彼をおぶって、来た方へ引き返す。
「もうこんなところへ来てはいけないよ」
「うん」
「足は大したことないと思うけどね、なるべく早くお医者さんに診てもらうんだよ。ちゃんと、お母さんに言わなきゃ駄目だよ」
「うん。ありがとう」
 この子の家に着いたら、玄関前にこの子を置いて、その場からすぐ去ろうと思った。親に会って、礼なんてされたらたまったものではない。なるべく人と関わらないようにと気をつけてきたのに、想定外のことというのはあるものだ。本当にまいってしまう。

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