警官たちは誠四郎の身を起こし、口の粘着テープをはがした。ローブが外され背に毛布がかけられた。誠四郎は項垂れたまま「すまない」と声にならない声を出し、さらに深く頭を下げた。妻を裏切った裸の男が詫びをいれている。顔を上げたいが、由美子の顔を見ることはできない。
由美子はどんな顔をして私をみているのだろうか。情けなさすぎる。愚かすぎる。
「さあ、ご主人、立ち上がれますか?」
ご主人だって? この私が?
誠四郎はヒザを抱え縮こまった股間を見つめた。蜘蛛が白い太ももの上を這った。
「おい、蜘蛛よ。一緒に地獄に落ちようか」
誠四郎はリビングで充電器に据えられた蜘蛛を見つめながら、取扱説明書を読んでいた。この蜘蛛が私を助けてくれた。いや”妻”と蜘蛛が助けてくれたのだ。
だが取扱説明書を読んでひとつ疑問があった。蜘蛛にはマイク、カメラ搭載とあるがスピーカーの記載はない。あの時聞いた由美子の声「あなた、あなた」はやはり幻聴だったのか?
「あなた、お風呂にはいったら」
キッチンから妻の声が聞こえた。もう少し取扱説明書の続きが見たい。でもいいだろう。お前がいたから私はいつもきれいな身なりでいられる。きれいな身なり? それどころではない。生きているのが妻のおかげなのだ。何を考えているのだ私は。
だから尋ねられないことがある。由美子はなぜこの蜘蛛を買ったのだ。なぜ私を監視するようなことをしたのだ。それを尋ねれば全てが終わるのはわかっている。だが尋ねずにはいられない。私を疑っていたのだな。別に叱りはしない。なにせおかげで私は助かったのだから。正直に言えばいい。
「お前はなぜこの蜘蛛を買ったのだ?」と顔を見上げキッチンを見た。そこにいたのは由美子ではなくあの女とシャベルを持った結崎だった。
「くさい。くさい」
「くさいな」
誠四郎はプツリと何かが切れる音を聞いた。蜘蛛はもういない。