小説

『ヤッちゃんのわらしべ』十六夜博士(『わらしべ長者』)

「タッくん、アカネちゃん、おじさん来たよ」
 いつものようにユミコ先生が遊びに夢中になっている僕らに声をかけた。学童保育用の建物の入り口を見ると、いつものようにヤッちゃんが立っていた。ヤッちゃんは僕と目が合うとニコッと笑った。これもいつものこと。僕はスケッチブックをカバンにしまうと、入り口に向かった。
「おじさんじゃなくて、ヤッちゃんだよ」
 入り口でヤッちゃんと世間話をしているユミコ先生に文句を言った。何度言っても、ユミコ先生はヤッちゃんのことを、おじさんと呼ぶ。
「はい、はい」
 ユミコ先生はまたかと言う感じでいつものように適当に相槌を打った。
 ヤッちゃんは、僕とアカネちゃんが住むマンションの清掃員なのだけど、夕方、僕らを学童まで迎えに来てくれていた。清掃員だから、掃除中のヤッちゃんに会うことが多いのだけれど、ヤッちゃんはいつも『こんにちは』と一回掃除をする手を止めて微笑んでくれる。いつしか、僕と僕のお母さんはヤッちゃんと仲良くなって、色々話をするようになった。アカネちゃんとアカネちゃんのお母さんとも仲良し。そして、僕らのお母さんたちが、学校に併設の学童保育から夕方に子供達だけで帰ってくるのが心配だと、ヤッちゃんに話をしたら、ヤッちゃんがお迎えを引き受けてくれたのだ。小学校1年生の時から迎えに来てもらっているので、もう3年目になる。小学校3年生にもなれば僕らは2人で帰ることもできると思っていたけど、僕らは大好きなヤッちゃんとおしゃべりしながら帰るのが好きだったので、いつまでも迎えに来て欲しいと思っていた。そんな大好きなヤッちゃんを、ユミコ先生が、『おじさん』と呼ぶのが何だか許せなくて、いつも指摘してしまうのだ。
「じゃあ、失礼します」
 アカネちゃんが帰り支度を済ませて入り口にやって来たタイミングで、ヤッちゃんが帽子を取って、ユミコ先生にペコリと頭を下げた。白くなった髪がホワホワと、まばらに乗っかっている頭が、赤ちゃんの頭みたいで、ヤッちゃんが帽子を取って挨拶すると、何故だか僕はいつもホッコリした気分になった。

 いつもの道をあれこれ喋りながら帰る。1番喋るのはアカネちゃんで、次が僕。ヤッちゃんは聞き役で、凄いねーとか、ビックリしたよーとか感想を笑顔で言うのだけど、ヤッちゃんにそう言ってもらうのが嬉しくて、僕らは家までの15分間を喋り続けた。
 その日もいつものように喋りながら歩いていたのだけど、学校から少し歩いたところで、歩道沿いの生垣から、ヨロヨロと何かが出て来るのに気づいた。
 一旦、2人と喋るのを止めて、その何かに目を凝らす。
「あっ、子猫!」

1 2 3 4 5