小説

『蜘蛛の意図』財賀真理(『蜘蛛の糸』)

 私を気遣っての言葉なのかしら。大抵の女は虫が苦手。私はそんなに苦手ではないけど。でも”お前”とか、いかにも上から目線ね。でも平気。私は本当に無知だから。あなたは物知りね。会社でもてきぱきと仕事をこなし、部下に信頼されている上司なんでしょう。だからこの蜘蛛を使って、あなたの仕事ぶりを知りたい。あなたがどれだけ立派な人間かを知りたいの。
 由美子は蜘蛛をつまみキッチンに向かった。食器棚から充電器を取り出し、蜘蛛を乗せた。充電器が赤く光る。
『カメラマイク付GPS搭載自律型ロボット「KM01」』
 十三万二千円。十万円を超える買い物なんて電動自転車以来。こんな買い物ができるのもあなたがちゃんと働いてくれているおかげ。
 由美子はスマホをタップしアプリを起動させ、メニューの「カメラ映像」をタップした。スマホ画面にスマホを見つめるエプロン姿の自分がいた。由美子はしばらくその光景を見いった。少し太ったかもしれない。
 そろそろ誠四郎が風呂からあがるころだ。誠四郎の後に私が風呂に入り、裸のまま湯を抜き湯垢をとる。そのころ誠四郎はきっとビールを飲みながらテレビの続きを見るのだ。風呂からあがった私が先にベッドに行く。きっと今日も彼が寝室にやってきた気配を感じつつ、私は寝返りをうつ。私がまだ眠っていないことを知ってほしい。でも彼が私に触れることは無いだろう。誠四郎のいびきが聞こえてきたころに私の眠りがやってくる。それでもいい。朝を迎えれば朝食の支度とお弁当を作る。朝食にはお味噌汁を作ろう。具はアサリがいいわ。寝る前に砂抜きをしておこう。お弁当のおかずはそうね、ミートボールといつもの卵焼き。そしてカバンの中にお弁当とあの蜘蛛を忍ばせる。

「とにかく私についてきてください!! 夫が殺されそうなんです」
 彼女は電動自転車を漕ぎだした。由美子の迫力に気圧された交番の警官が訳も分からずに後を追いかける。
「ま、待ちなさい」
 待ってなどいられない。私は走る。目的地まではスマホが誘導してくれる。由美子はペダルに力を込めた。電動アシストがそれに呼応して由美子を後押しする。途中、応援の警官が合流する。由美子は五人の警官を引き連れ先頭を走っていた。由美子の髪が流れ白いスカートが大きく膨らむ。
 スマホの位置図が目的地が近いことを示している。もうすぐだ。雑木林の手前で由美子は自転車を止めた。追ってきた警官たちも自転車を止める。同時にサイレンを鳴らしたパトカーが到着した。由美子は林の中を指さした。あそこに誠四郎がいる。

 サイレンの音がした。シャベルの音が止まった。女の悲鳴と泣き声。「現行犯で逮捕する」「大丈夫ですか」と男の声。仰向けにされた誠四郎が見たのは、数個のライトの光と男達。そして、その向こうには月明かりに照らされた妻の顔があった。叫びたいが声は出ない。誠四郎は首を振りながらもがいた。由美子、なぜだ? なぜお前がいる? しかし、そんなことはどうでもいい。助かったのだ。自分は。

1 2 3 4 5