小説

『草の窓』柿沼雅美(『草の中』)

 それから一気に時間が流れた気がする。ちゅんちゅんしていた雀はこの現実に呼応するように絶叫鳴きをした。よりによって満月のようで、月明かりがやけに明るくなってきて、ラブドールにフラれて真剣に落ち込んでいる彼の顔を照らした。もはやシートが意味無いくらいに草が冷え切って、雨が降る直前なのか空気中に水分を感じた。
 「やばい」
 小声で言う彼に、こんどはどうした?と声をかけた。
 「こういう草の中でユウちゃんを抱いてやったことがあるんだ」
 懐かしそうに彼は草を指先で撫でて言う。
 俺は一体を何を聞かされているんだ…と言葉に詰まった。
 「それにちょうど月のこんな夜だ!」
 満月の夜のオオカミみたいなのやめろや!と俺は心の中でツッコんだ。
 人生初の彼女にフラれたというから気になってみたらラブドールだし、草の中でどうしたこうしたと聞かされるし、とにかく寒い!とんだ夜だ!と思うと、無意識に地面をグーで殴っていた。
 彼とこのまま友達でいて大丈夫なんだろうか、と思いはじめると、あの左端の部屋の照明がさらに明るくなった。

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